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モナコのPASSION - ATP裏ブログ:フアン・”ピコ”・モナコ編(5月27日付)

噂にはなっていたけど、今年の男子決勝で優勝カップを渡すのはグガなんですね。
彼の初優勝からもう10年も経ちました:
Se cumple una década del boom Kuerten(ATP)
とはいえ、その頃の私はテニスにはまったく興味がなかったので、記憶にはないんですけど。。。
来年はRGでプレイするグガが見られますように。



さて
バモ族ファンにとってはウハウハな名前が次々に登場するモナコのブログ和訳第2弾です。




2007年5月27日(日)

やあ、みんな。ようやくパリに落ち着いたよ。

今日は11時に起きた。昨日書いたようにPortschachから車と飛行機を乗り継いで真夜中到着という長い旅だったから、たっぷり休む必要があったんだ。朝食の後で会場のclubにあるアディダスのスタンドに行ってウェアを選んできた。毎年RGで新しい特別モデルをもらうんだ。僕は黒の上下にした。

clubでまず最初にしなくちゃいけないのは、大会パス(accreditation)を貰うこと。選手やら家族やらたくさんいたので、がまん強く15分待った。大会側には選手の写真はあるんだけど、コーチやトレーナーやゲストが実際に一緒だということを証明するために選手もそこにいなきゃいけないんだ。今回、僕と一緒なのは:コーチのPancho Mastelli、トレーナーのNacho Menchón、そして多分タンディルからの友だち2人(明日の試合の前にベルリンから到着予定)。

ランチはフアン・チェラ、マリアノ・サバレタそしてマリアノ・フッド[サバちゃんのコーチ]と一緒に食べ、先週の大会についてお互いに報告しあった。アルゼンチン・チームがデュッセルドルフ[ワールドチームカップ=通称ミニ・デ杯とも言う]で優勝してうれしい。将来デ杯で優勝するためのいいチームを作る助けになるだろう。おかしかったのは、彼らも僕と同じようにパリに来るのに苦労したこと。ドイツ・フランス間にはあまりフライトがないので、3台のヴァンを借りたんだってさ! 1台目はカレリのコーチAndrés Schneiter、2台目はチェラのコーチMariano Monachesiが運転、そして最後の一台には全員の荷物を積んでデュッセルドルフの大会スタッフが運転。6、7時間かかったそうだけど、ハッピーエンド。

午後、とてもつかれてたので食事の後ホテルに戻って友だち数人とチャットをして3時間昼寝をした。雨のため練習できなかったので、疲れを取り明日の試合に備えるため15分間自転車こぎをした。

夜、Portschach優勝を祝うためにディナーをする。ゲストはサバレタと彼のコーチHood、マリアノ[サバちゃん]の妹ロサリオ、そしてパブロ・ペコラ(ガストン・ガウディオの心理カウンセラー)。場所は毎年行くイタリアン・レストラン。ウエイターたちはサバラ[サバちゃん]と僕のことを覚えていた。僕たちは小さいテーブルに座ってたんだけど、だんだん人が増えてしまいにはすごい人数になってた。後から参加したのは:ニコラス・マスーとその家族とチーム、ニコ・ラペンティと彼のコーチ、Luis Morejón、アレックス・コレチャ、アンドレ・サ、マルセロ・メロ、マルコス・ダニエル。。。最初は7人だったのが、25人近くになっちゃった!!!

前に書いたように、パリに着いたのは真夜中だった。だけど、僕が寝たのは午前3時。僕のチームEstdiantesの対Newell's戦[の試合中継]を聞かなきゃいけなかったから。とても疲れていたので、オンラインラジオにつなげたPCを音を低くしてベッド脇に置いておいた。何回も眠りに落ちては、ゴールやあぶないプレイの度に目を覚ました。素晴らしい試合で、4−4で終わった。でも、優勝できるチャンスはすごく少ないんだ。

Estudiantesは僕のパッションだ。このクラブのファンはPincharratasと呼ばれる。タンディルの友だちの影響[?]で子供の頃からファンになったんだ。
初めてスタジアムに行った時、僕は16才で、当然のことながら、誰も僕のことは知らなかった。いとこと一緒にBomboneraとした知られるボカジュニアのスタジアムに行った。Estudiantesは3−0で負けたんだけど、ボカ・ファンたちが飛び跳ねるとスタジアム全体が揺れるんだ。「ワオ、何もかも壊れちゃうんじゃないか!」って僕たちは思った。またとない経験だった。

去年、Estudiantesが優勝するのを初めて見た。素晴らしかった。友だちとスタジアムにいたんだけど、大騒ぎだった。僕がチームに幸運を運んだのさ:僕がスタジアムで観戦した6試合全部勝ったんだから。翌日ブエノスアイレスのエギジビ・アルゼンチンカップに出たんだけど、僕はEstudiantesのシャツを着て入場した。(写真参照)

名誉なことに、今や僕はEstudiantesの海外大使だ。VIP席に行って、クラブのマネージャーと話をする。僕の仕事は旅先でチームをプロモートすること。選手達とチームについて話し、本やパンフをあげ、欲しい人にはシャツをあげる。一番有名なファン[モナコがファンにした]は僕の友だちラファ・ナダル! 彼はいつも僕にチームの様子を聞くんだ。

さて、ずいぶん長くなっちゃった。¿no? 明日1回戦だから、もう寝るよ。Fabio Fognini[対戦相手]は若くて危険なイタリア人だ。自信は大いにある。いい大会になるように。

また明日!

ピコ・モナコ






それじゃ、有明でも大いにEstudiantesを宣伝しなきゃね!

モナコ@有明2005写真集(最後の方にEstudiantesシャツでウォーミングアップする写真あり):
Welcome to Japan ‐ J・モナコ編」(旧テニあれ過去記事)

ちなみに、大使に任命されたのは2年前のRG直前(だったと思う)。で、そのRGでモナコがラファに特製Estudiantesシャツ(ラファの名前と背番号10)を渡していたと思う。



<2005のエピソード>


モナコ:バルセロナ決勝が終わってすぐ彼(ナダル)にSMSを送ったんだ。
『おい、金を用意しておけよ』ってね。そしたら、『死んじゃいたい!』って返事がきた。


モンテカルロ初日にナダルの好調さを見て取ったモナコは、ラファと<RGが始まる頃にはにナダルがランキング8位以内になってる>という賭けをし、見事的中。パリでの全夕食をまんまとせしめた。



私も、日本におけるバモ族大使(←自称ですが)としてお仕事(←無給ですが)に励みま~す。

ここで、ふと疑問:
マグマ大使というのは、マグマの大使だったんだろうか・・・



PS
私のパッションは:
1)ガト238
2)モナコ119
3)その他モロモロのオキニたち254





<ソース>
原文(ATP)
英訳(MTF)
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[ 2007/06/10 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(0)

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)