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今年引退した選手達

今年現役引退表明をした選手達です。(一部ですが引退表明を確認していない選手もいますが、その旨書いてあります)
名前の下の【~年組】は生まれ年、その横のランキングは自己最高ランキング(それを達成した年)



☆ありガト~ そして お幸せに!☆


◆【追記】ニコラペの引退表明は2010年ではなく2011年に入ってからでした。先走ってしまってごめんなさい。


【追記】
The statistical tribute to Carlos Moya (1994-2010)(MTF)
The statistical tribute to Dominik Hrbaty (1994-2010)(MTF)
The statistical tribute to Sebastien Grosjean (1995-2010)(MTF)
The statistical tribute to Alberto Martin (1993-2010)(MTF)
The statistical tribute to Mariano Zabaleta (1994-2009)(MTF)
The statistical tribute to Guillermo Canas (1994-2009)(MTF)


【追記】Younes El Aynaoui ユーネス・エラノウイ
 71年組 14位(2003年)


Martin Damm マルティン・ダム 
 72年組 ダブルス5位(2007年)

  • ライアン・ハリソンのコーチに


Carlos Moya カルロス・モヤ 
 76年組 1位(1991年)
 
  • この記事の最後を参照

      
引退はしてないと思うけど、どういう状況なのか不明なNicolas Lapentti ニコラス・ラペンティ(通称ニコラペ)
 76年組、6位(1999年)
  
  • RG以降大会に出ていません。9月のデ杯入替戦もチームに名前はあったけど、出場せず。現在446位。
  • 引退したらしい: Jugadores que se retiraron del circuito en el 2010 
    【追記】この記事には引退と出てると思ったんだけど、どうやら(記事または私の解釈が)間違っていました。正式な引退表明は2011年1月でした。


Nicolas Kiefer ニコラ・キーファー
 77年組 4位(2000年)


Guillero Canas ギレルモ・カニャス
 77年組、8位(2005年)
 

Mariano Zabaleta マリアノ・サバレタ(通称サバちゃん)
 78年、21位(2000年)
 


Sebastien Grosjean セバスチャン・グロジャン(通称セブ)
 78年組 4位(2002年)
 


Mariano Puerta マリアノ・プエルタ
 78年組 9位(2005年)
 
  • 引退表明があったのかどうかは不明だけど、去年11月を最後に公式戦に出ていなくて、ATPでは【inactive】となってる。しかも今年の全米からBrian Dabulのコーチになってるので、おそらく引退したのだと思う。
  • 【追記】 10月に引退表明していました:"Hoy puedo decir que estoy retirado"
  • 【追記】 過去記事「再び開かれた扉」 この後まだまだいろいろなことがありました。


Alberto Martin アルベルト・マルティン
 78年組、34位(2001年)
 
  • RGジュニア優勝(1996年)


Dominik Hrbaty ドミニク・Hrbaty
 78年組 12位(2004年)
  


Chiristophe Rochus クリストフ・ロクス(ロクス兄弟の兄の方)
 78年組 38位(2006年)


Noam Okun 
 78年組 95位(2002年)
 
Harel Levy
 78年組 30位(2001年)
 【訂正追記】 正式な引退表明は2011年2月末だった模様。早とちりしてしまったようでごめんなさい。


Paradorn Srichaphan パラドン・スリチャパン
 79年組  9位(2003年)
  
  • オートバイ選手に転向 


Diego Hartfield ディエゴ・ハートフィールド
 81年組 73位(2007年)
 
  • フェデラーと2度対戦
    2006年RG 5-7 6-7 2-6
    2008年全豪 0-6 3-6 0-6


Tayler Dent テイラー・デント
 81年組 21位(2005年)
 
  • 現在118位


Thiery Ascione 
 81年組 81位(2004年)
 



そっか、HrbatyもAscioneも、ラファと当たった2004~5年は、ノリノリの時期だったんだ。






以下、参考まで



◆引退取消した模様のFrank Moser
 76年組、72位(2009年) 
 
  • 3月に現役引退(ダブルスには出るかも)というニュースがあったけど、7週間後にはまたシングルスに出始めて、そのまま年末を迎えました。
  • http://frankymoser.de/


◆引退近いかも発言のあったRamon Delgado
 76年組 52位(1999年)
 


◆引退しちゃったのかもしれないFernando Vicente フェルナンド・ビセンテ
 77年組 29位(2000年)

  • Gstaad予選を最後にプレイしていない。現在843位。
  • 実は、スペイン人選手たちに一番人気のあるのはこの人だったりする。(ひょっとしたら今は誰か別の人に取って代わられているかもしれないけど) 昔の話だけど、バスケット選手のパウ・ガソルも「テニス界で仲いいのはビセンテ(とモヤ)」とか言ってた。










最後に:
ガトはまだやめませ~~~ん! ま、いつ引退表明があってもおかしくない状態のままですが、とりあえずは続行みたいです。
自分が納得できるまで挑戦を続けてそれなりの結果を出して、そしていつか穏やかな気持ちで引退表明ができますように。Vamos, Gaston!

  


 
   


カルロス・モヤ



ブレイク以前

モヤがスペインテニス協会に招かれてバルセロナ郊外にあるCAR(エ リートアスリート養成所)に入ったのは17歳の時。(ふつうは15歳くらいまでには呼ばれるらしい) マヨルカでは強かったモヤもそこではなんてことのな い選手だし、ホームシックにはなるし。しかし、同期のガロ・ブランコ(今年の有明にRaonicだかに同行して来ていて、公開練習中のラファの所にも現れてた)やフェルナンド・ビセンテなどと 

当時のモヤはとても内向的でシャイで無口だったとか。(御大コレチャの練習相手に呼ばれた時に、ボレーがこわいから?ネットにつきたくありませんと言ったというエピソードも)

1995年、ブエノスアイレスで最初のツアー優勝。その後も同地で2回優勝したこともあって、「世界で一番アルゼンチンなスペイン人」としてアルゼンチンで絶大な人気を誇る。モナコも少年時代にこの大会でモヤにサインを貰ったんだとか。

1996年秋、モヤはコーチに説得されヨーロッパインドアツアーに出る。(当時のスペイン人はインドアなんかには出なかったらしい) そして、ベルシーでベッカー(当時3位)を破るという快挙。



一躍スターダムへ

1997年全豪。当時25位だったモヤは、ベッカー(当時6位)そしてチャン(当時2位)を破り決勝進出。決勝ではサンプラスにストレートで敗れたものの、大センセーションを起こす。(テニス面だけでなく)

1998 年RGでは、4回戦までは予選上がりやWCと対戦だったもののQFでリオス(当時3位)に勝ち、SFでマンティリャそして決勝でコレチャを倒し優勝。(リ オスはもちろんのこと、マンティリャもコレチャも当時のベストクレイコーターだった) 全米では、スペイン人として初めてSFに進出。

そして1999年3月、スペイン人として初めて世界ナンバー1となる。
同年People誌の「50 Most Beautiful People」に選ばれる。



先駆者としてのモヤ

モヤは、それまでのスペイン選手の殻を破る画期的存在だった。
まず、その身長。スペイン選手といえば180cmそこそこだった時代に、モヤは190cm。(デカイわりにはフットワークはよい)
そして、それまでスペイン選手といえば(ごく少数の例外を除いて)「クレイコーター」だったが、モヤはクレイ以外のサーフェスでも勝てるテニスができた。小さい頃に通っていたテニスクラブにはスペインとしてはめずらしくハードコートもあったということが大きかったようだ。



故障

1999年全米で背中(back)を痛め、翌年まで故障を持ち越す。その後も、2005年に肩、2009年には右足などを故障。しかし、モヤ本人によれば他の選手とくらべて特に自分が故障に悩まされた訳ではないとのこと("I don't really consider myself a tennis player who has particularly suffered from injuries")。



デ杯

2000年にスペインがデ杯で初優勝。しかし、前年度ナンバー1になったばかりのモヤはこの年は一度もデ杯に出ていない。前年の全米での故障(back)をひきずり、成績が振るわなかったためである。スペインは新星フェレロの活躍で初優勝を飾った。

2004年、スペインが2度目のデ杯優勝。決勝点を決めたのはモヤでした。

RG優勝、ナンバー1、そしてデ杯優勝というバモ族にとっての三種の神器(←私が決めた)をすべて手に入れたモヤ。翌年からまた故障に悩まされはじめ、結局は故障に負けた形で引退となったけど。



あれこれ
  • ナンバー1だった頃のヒューイットの天敵だったことがある(2002年は4勝1敗)。
     
  • スペイン国内では意外と勝てなかった。国内での優勝はバルセロナ(2003年)のみ、だったはず。
      
  • ラファのmentor(師)だった。
    2003年当時、ラファは「テニス面でのアイドルは(今も昔も)いない」と言ってたので、それじゃmentorか?ってことでなんとなくこの言葉が使われてた。
       
  • オフコートでも先駆者
    最初は「ノースリーブといえばモヤ」だった。(試合でノースリーブを着用という意味では、ハースが最初だったらしいけど。←審判だかオフィシャルに「着替えてきなさい」と言われ、袖のあるウエアに着替えたとか)
    タトゥー 今じゃめずらしくないけど&モヤ以前にも入れてた選手はいるだろうけど
    オールヌード Tag Heuerのキャンペーンで脱ぎました。
    下着CM http://www.hola.com/hombre/2004052142755/hombre/carlos/moya/1/
    Carlos Moyaという名のコロンなどのシリーズ:
     http://www.tiendaderuy.com/index.php?modo=buscar (Carlos Moyaで検索すると出てきます)
    映画出演「Torrente II」にチョイ役(テニスコーチ役)出演: http://www.cineol.net/cameos/197_Torrente-2:Mision-en-Marbella(写真あり)、どこかに動画でもアップされてましたね。
     
  • 左利きだけど、テニスでは右利き。(ラファとは正反対)
     
  • 1992年のバルセロナオリンピックではマヨルカ代表として聖火ランナーを務めた
      
  • コリアがモヤマニアだった。対戦する度にモヤにシャツをねだっていたイメージがある。(シャツもらったのはたぶん2回くらいだと思うけど) コリアとラファがモヤのパンツを奪い合う・・・なんていう漫画を書かれたこともあったっけ。
      
  • モヤ伝説(過去記事)







参考資料など

1997年全豪
Carlos Moya (ESP) d. (6) Boris Becker (GER) 5-7 7-6(4) 3-6 6-1 6-4
Carlos Moya (ESP) d. Patrick Mcenroe (USA) 3-6 6-0 6-3 6-1
Carlos Moya (ESP) d. Bernd Karbacher (GER) 6-2 6-2 6-2
Carlos Moya (ESP) d. Jonas Bjorkman (SWE) 6-3 1-6 3-6 6-2 6-4
Carlos Moya (ESP) d. (14) Felix Mantilla (ESP) 7-5 6-2 6-7(5) 6-2
Carlos Moya (ESP) d. (2) Michael Chang (USA) 7-5 6-2 6-4
(1) Pete Sampras (USA) d. Carlos Moya (ESP) 6-2 6-3 6-3

1998年RG
(12)Carlos Moya d. (WC)Sebastien Grosjean 7-5 6-1 6-4
(12)Carlos Moya d. (q)Jose "Pepe" Imaz 6-4 7-6(14) 6-2
(12)Carlos Moya d. (q)Andrew Ilie 6-2 7-6(1) 6-3
(12)Carlos Moya d. (q)Jens Knippschild 6-3 7-5 3-6 6-4
(12)Carlos Moya d. (3)Marcelo Rios 6-1 2-6 6-2 6-4
(12)Carlos Moya d. (15)Felix Mantilla 5-7 6-2 6-4 6-2
(12)Carlos Moya d. (14)Alex Corretja 6-3 7-5 6-3






モ ヤと仲のいいRobert Carreteroの動画だけど、親交のある音楽グループCafe Quijanoの舞台に立ってオキニの歌「La Lola」を歌うモヤが出てきます。楽屋にはビセンテさんも。ギターは、たしか故障であまりテニスができない時期に習ってたはず:



“A few years ago I asked him [Nadal] if he would like to have a career like mine,” a smiling Moyá told Metropolitan. “He looked at me with the sincerity that you usually find in small children and said, quite seriously, that he aspired to more. And, I knew that he would be a better player than me.”
 blog it







【以下、2011年1月追記】
Sus diez fechas claves(モヤ、10の転機)」から:
(エルムンド紙バレアレス諸島版?記事)

1) 1993年
C.A.R (スペインのエリートスポーツ選手養成所)に入る。
同じ76年組にガロ・ブランコ(現フェリ・コーチ)やビセンテがいる。

2) 1995年
プロ転向。
後年一番好きな大会となるブエノスアイレスで初優勝。 

3) 1996年
20才でトップ20入り。
識者の間で将来の大物として注目される。
ウマグで2つ目のタイトル。

4) 1997年
全豪決勝進出。(優勝はサンプラス)
モヤにとっては初めてのGS決勝。
スペイン選手の全豪決勝進出は1969年のヒメノ以来。
初のトップ10入り。

5)  1998年
RG優勝。決勝での対戦相手はコレチャ。
年度末マスターズ決勝に進出するが、コレチャに敗れる。
 夢のような決勝
(テニあれ過去記事)

6) 1999年
スペイン人としては初めて世界ランキング1位を達成。

7) 2000年
背中の故障により快進撃停止。
完治まで2年近くかかることになる。
 
8) 2002年
トップ10に返り咲き
アカプルコ、ウマグ、バスタット、シンシナティの4大会優勝。
 
9) 2004年
スペイン・デ杯優勝の立役者となる。
米国との決勝でロディック相手に決勝点を上げる。
チームメイトはフェレロ、ロブレド、ナダル。

10) 2006年
ATPキャリア500勝を達成。


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[ 2010/12/31 ] 2010 | TB(0) | CM(3)

ビセンテさんは現在グラノ君のコーチにいつの間にか就任してるので
現役引退と見て間違いなさそうです...シクシク
バレンシアの時にグラノ君側のボックス席にいて「あれ?...ビセンテ?」と思ったのですがやはり当たってしまいました。
http://www.atpworldtour.com/Tennis/Players/Top-Players/Marcel-Granollers.aspx
あと今年だと年明けのカタールで引退したモロッコのYounes el Aynaouiは私がテニス観始めた頃からいた選手なので感慨深かったです
[ 2010/12/31 15:51 ] [ 編集 ]

よいお年を!

今年は主にtwitterのほうでいろいろとお世話になりました。おかげで楽しい観戦ライフが送れました♪
来年もなにとぞよろしくお願いします。どうかアルゼンチン的に良い年になりますように~!

プエルタですが、10月正式に現役引退を表明したようです。彼のテニス人生も山あり谷ありでしたね。
http://espndeportes.espn.go.com/news/story?id=1149130

ラペンティは、膝が良くなくて5月に現役を続行するかどうか悩んでいるという記事を目にしたので、続報が気になっていたのですが、やっぱり引退したんですか…長い間お疲れさまでした。
[ 2010/12/31 20:06 ] [ 編集 ]

v-254TennisHolicさん

そうだ、コーチになってましたね。(私もバレンシアだかで気がついてグラノのプロファイルで確認したんだった。。失念してました)
彼とグラノだと、ツッコミとボケで楽しそう♪ ぜひ練習風景を見てみたい師弟コンビです。

エラノウイはすっかり忘れてました~
私は彼の全盛期を見てないんですが、彼にはラファも揉んでもらったし、あと、ロディックとの長~い試合が印象に残ってます。実にナイスガイでしたね。

情報をありガト~ございました!



v-254シトロさん
プエルタ、引退表明してたんですねえ。。
それも10月ですか。。今年まったく公式戦には出てないのに。せめて今後の人生は穏やかなものになりますように。

ニコラペは去年いっぱいくらいで引退も考えていたけど、デ杯入替戦でブラジルに勝ってWGに昇格しちゃったので現役続行してた・・・ということだったと思います。

情報、ありガト~ございました~

来年は、アルゼンチン勢が今年の分も活躍できますように!
[ 2010/12/31 21:13 ] [ 編集 ]

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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