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Ascione引退 - プチあれ15

◆Thierry Ascione引退

“I had a beautiful career,” said Ascione. “I knew from the beginning I wasn’t going to be a champion. To be one, I think I would have needed a different personality but I don’t regret anything. I had the best times and through tennis I met my best friends.”

 blog it

AscioneのATPプロファイルページ


AscioneがMetz大会を最後に現役引退となりました。

Ascioneといえば、2004年1月にラファと2回対戦したのをよく覚えている。(当時、私はたぶん日本で一番のラファオタだった)
チェンナイでラファに勝ってQFに進出。その勢いで初めて(そして最後)のデ杯メンバーに選ばれた。ラファは前年度秋のプチ不調を埋め合わせるかのごとく急成長中だったけど、Ascioneも今思えば彼のキャリアの第1次最盛期だった。(2003年11月に初のトップ100入りを果たし、2004年2月に自己最高ランキング81位を記録)
全豪ではラファが見事リベンジ。

チェンナイR1: Thierry Ascione (FRA) d. (6)Rafael Nadal (ESP) 7-6(5) 6-4
全豪R2: Rafael Nadal (ESP) d. Thierry Ascione (FRA) 6-4 3-6 7-5 6-1

Ascioneに関しては、このラファとの絡みくらいしか思い出がないんだけど、なかなか興味深いロングインタビューが出ていたので、その中からご紹介します。仏語を英語にウエブ翻訳したものをざっと見ての超訳なので、間違いや勘違いはご容赦願います。(←ま、いつものことなんですが) 間違い指摘や訂正は歓迎です。

このラファとの絡み以外には私には縁のない選手だったけど、選手一人一人にそれぞれの事情やドラマがあるんだなあ・・・と、しみじみしました。おつかれさま&今後も良い人生を!


自分のキャリアの総括
自分はチャンピオンになるような人間じゃなかったけど、素晴らしいキャリアだったと思う。すべてのGSに出場して、怪我したけどトップ100に返り咲けたし、すべてポジティブだ。テニスを通じて良い友人もできた。世界中の美しい国々で、自分の世代の偉大な選手達とプレイし、最高級のホテルにも滞在した。自分は故障にたたられ続けたけど(引退を決めたのも故障のため)、文句言うつもりはない。自分の成し遂げたことを誇りに思う。

一番の思い出
2003年ベルシー。当時105位で、トップ100入りが目前だった。予選を勝ち上がったものの、1回戦は当時トップ40だったチェラ。厳しい試合になるだろうと思ったけど、どうしても勝ちたかった。そして、6-06-3、それも41分で勝ったんだ。その後、光栄にもフェデラーと対戦。当時3位で、ウィンブルドン優勝したばかりのフェデラーだ。負けたけど、ついにトップ100入りだった!

【注】参考までにそのベルシーでの戦績
予選
R1: Thierry Ascione (FRA) d. (5)Nicolas Kiefer (GER) 6-4 6-2
QR: Thierry Ascione (FRA) d. (WC)Michael Llodra (FRA) 6-4 6-4

本戦
R1: (q)Thierry Ascione (FRA) d. Juan Ignacio Chela (ARG) 6-0 6-3
R2: (3)Roger Federer (SUI) d. (q)Thierry Ascione (FRA) 7-6(5) 6-1


最悪の思い出
2008年チェンナイ。バイク事故の後にようやくトップ100に戻ったばかりだった。コーチとその年の目標について話をしたんだけど、とにかく故障なしで健康体で過ごしたいと言ったんだ。2日後、肘をやられた。それが終わりの始まりだった。

テニス以外での一番の思い出
2007年、故障でベルシーに出られないと医者に言われたけど、ベルシーに行くだけ行ってみた。そのベルシーの選手ラウンジで妻に出会った。出会って10分で、この人だとわかったよ。

トップ100
100位に入ると世界が変わる。GSに出られるし、ATP大会にも出られるようになる。

お金の話
トップ100選手の年収(注: 賞金額だけなのかスポンサー契約料込みなのか不明)は20~25万ドル。80位と120位の落差はとても激しい。120位だと、経費を払うと大して残らない。(注: GSの賞金額が飛び抜けて多いための現象だと思う)

フェデラーとナダル
フェデラーとナダルというカリスマあふれるチャンピオン2人がいることは非常に幸運なことだ。サンプラスやアガシと違って彼らには近寄りがたさがないし、ユーモアもある。その彼らと対戦できた。歴史に残る偉大なチャンピオンたちと一戦を交えたと語ることができるんだ。pricelessだよ!
ラファとロジャーが好調なときは、僕みたいな選手には手も足も出ない。

◆テニスで成功するには自己中(注: 英訳ではselfish)でなければならない。

テニス界の友人
自分はちょっと特殊なケースで、ツアーでできた友人たちは自分がテニスキャリアを始めた頃に引退した。(注: Julien BoutterとかYvon Gerardのことを指している) そのため、友人と対戦したり対立したりというやっかいな状況は避けられた。
他の選手の成功を妬む選手がいるというのが理解できない。他人が良いテニスをしてるからって、自分の人生が変わるわけじゃないのに。

転身
テニスから多くのものを得たので、それを返したい。パリのクラブも考えたけど、パリには僕くらいの経歴の選手はたくさんいる。リヨンはそういうわけではない。

【注】Ascioneは、リヨンのテニスクラブFC Lyonのsporting directorになるらしい
(ソース: http://www.leprogres.fr/fr/article/3276692/Ascione-et-Lenoir-au-FC-Lyon.html

テニス界の進化
ここ数年で選手たちの完成度が高まった。それはバボラ(の有名なブルーラケット)とLuxilon(ストリング)に依る所が大きい。Pure Drive(ラケット)はジムでの500時間に相当する働きをするし、Luxilonのコントロール力は比類ない。
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[ 2010/09/26 ] テニス一般 | TB(0) | CM(0)

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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