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カニャス引退 (カニャスという選手についてのまとめ)

【追記】◆英文で引退会見の模様が出ていました。

clipped from www.asapsports.com

Guillermo Canas

 
Q. You've had too many operations?
GUILLERMO CAÑAS: Four in the wrist.
 
And the two good moments, just I had a lot of just -- you know, when I won the first challenger -- the first ATP was 2001, Casablanca. Really I dreamed to win one title.
But, you know, you never know when they gonna happen.
 
But then just another incredible moment was in Davis Cup when we were playing the doubles just to get up Argentina to the World Group after ten years in the second group.
 
But then just one simple moment to play, you know, to win that first challenger when I -- after I come back was maybe the same feeling or more when I win the first ATP title.
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◆カニャスが正式に引退表明

  • 個 人的に一番影響があったのは、初めてのデ杯出場で2セットアップしかも3セット目も5-0だったのに逆転された試合(1999年):
    R2 - M.RUAH (VEN) def. G.CANAS (ARG) 3-6  3-6  7-6(3)  6-3  6-3
      
  • 一 番特別な瞬間は、15ヶ月の出場停止後復帰第一戦で優勝したこと(Belemチャレンジャー): 
    R1 (WC)Canas (ARG) d. Medina (VEN) 6-0 6-2
    R2 (WC)Canas (ARG) d. (1)(WC)Daniel (BRA) 6-0 6-2
    QF (WC)Canas (ARG) d. (5)Sa (BRA) 6-0 6-1
    SF (WC)Canas (ARG) d. (4)Mello (BRA) 6-2 7-6(7-4)
    F   (WC)Canas (ARG) d. (3)Berlocq (ARG) 4-6 6-2 7-6(8)
       
  • そしてもうひとつ。アルゼンチンが10年近くぶりにデ杯ワールドグループに復帰した対戦(2001年):
    R1 - F.SQUILLARI (ARG) def. V.VOLTCHKOV (BLR) 6-2  6-4  6-3
    R2 - G.GAUDIO (ARG) def. M.MIRNYI (BLR) 4-6  6-3  6-1  6-3 ←ガトもいたんだよん♪
    R3 - G.CANAS / L.LOBO def. M.MIRNYI / V.VOLTCHKOV 6-7(7)  7-6(5)  7-6(3)  4-6  6-4
    これは、すべてのアルゼンチン人選手たちにとって大 きな意義のある勝利だったと思う。

色々あったけど悪いことより良いことの方が多かった、とのこと。

(引退正 式発表の日に、コーチし始めたばかりのオデスニクの禁止薬物(ヒト成長ホルモン)所持がニュースになるというのは皮肉。カニャス自身のドーピング違反は最 終的には【禁止物質が体内に入ったのは大会スタッフが医者の処方とは違うクスリをカニャスに渡したから】という主張が通ったんだけど、今でも彼のことを 「ドーピング野郎」呼ばわりする人が多いのは悲しいことだ・・・)

 "Personalmente, lo que más me afectó fue mi primera participación en la Copa Davis", continuó Cañas. "Iba dos sets arriba y 5-0 arriba y perdí ese encuentro (fue ante el venezolano Maurice Ruah). Por todo lo que significaba para mí la Davis, sufrí mucho"
 
 "El día que gané mi primer challenger tras estar 15 meses parado fue uno de los momentos más especiales de mi carrera"
 
 "Y cuando clasificamos por primera vez al Grupo Mundial de la Davis, tras estar casi una década abajo también fue muy especial"
 
 "Pero por suerte fueron más los momentos buenos que los malos"
 
 "Estoy realmente felíz por esta nueva etapa de mi vida"
clipped from www.fuebuena.com.ar
“Ahora puedo comer lo que quiera…” 
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【3月26日追記: The statistical tribute to Guillermo Canas (1994-2009)(MTF)】




[2010/03/23]
(正式発表はまだかもしれないけど、近日中に発表だそうです)

アルゼンチン人とはいえ、カニャスは私にとっては圏外選手でした。(コーチだったグミィはバッチリ圏内だったので、グミィの写真は撮ってるけど、カニャスの写真は・・・・・・探せば3枚くらいはあるかも。。)
でも、彼の業績と数度にわたるカムバックには敬服させられます。

  • カニャスといえば、なんといってもIWとマイアミの2週連続でフェデラーに勝ったこと(2007年)が思い起こされます。
     
  • 次に印象深いのが、2002年トロントでアルゼンチン人として初めてマスターズシリーズ(現1000大会)それもハードで優勝したこと。
     
  • バモ族の聖地RGでは、
     
    3回QFに進出:
     2002年、5-7 6-3 7-6(3) 4-6 0-6でコスタ(同年優勝)に負け、
     2005年、2-6 6-3 6-1 3-6 4-6でプエルタ(同年ファイナリスト)に負け、
     2007年、5-7 4-6 4-6でデンコに負ける
     
    RG2004では、1回戦でガト(同年優勝)に2-6 6-2 6-4 3-6 2-6で敗退。
    ガトにとっては、決勝までの7試合のうちで一番苦しい対戦でした。(←私が一番苦しい思いをした試合だから・・) 4セット目終了後(だったと思う)に日没順延にならなかったら、あるいはカニャスが勝っていたかも。。。
     
  • クレイだけでなくハードなどの速いコートでも勝てる新しいタイプのアルゼンチン選手の先駆けでした。
      
  • 故障・手術を乗り越えての復帰もすごかったけど、ドーピング違反による15ヶ月の出場停止の後、ランキングポイントゼロから再出発して一年経たないうちにトップ15に・・・というのは、もはや伝説の域に達してます。

引退の直接の理由は手首の故障。

(昨年12月付記事から)カニャス: 「左手首に不快感があるんだ。もう慣れてしまったけど、5~6日痛みがないかと思うと突然痛んだりする。選手は痛みには慣れてしまうものなんだけど、これはもう1年半もこんな状態で、いつ痛み出してもおかしくない。100%の状態でベストを尽くせない・・・それが一番疲れることなんだ。特に精神的に。だから、もうプレイするのはやめようかと考えている。そろそろ決断を下さないとね」

最新記事(3月20日付)からカニャス: 「(ドーピング違反について)不当な扱いを受けたけど、それは過去のこととして、その後に起きたことを楽しむのがいいのさ」 「僕の人生は変わっているけど、今の役割には満足している」



昨年9月、マイアミにカニャス・テニス・アカデミーを開校しました。今後はジュニア育成および若手プロ選手(OdesnikやCapdeville)をコーチするそうです。

長い間本当におつかれさまでした。そのガッツをワカモノたちに伝えて、いつかトップ選手のコーチとしてまたジャパンオープンに来てください。






カニャスの軌跡

キャリア初期および2007年春以降は省いてあります。またここに書かれている年についても、満遍なく書かれているわけではなく、私にとって印象に残っていることと、重要と思われることを記してあるだけです。年度横の順位は【年頭→年末】。


2000年 73位→231位
  • 手首故障により7~11月の4ヶ月間OUT

2001年 229位→15位
  • 4月 カサブランカで初優勝
  • ATPカムバック賞受賞
  • クレイ・芝・ハードの各大会でファイナリストになる
  • ウィンブルドン4回戦進出(アルゼンチン人としては1979年のクレルク以来)
  • ウィーン・ファイナリスト(アルゼンチン人としては1983年のビラス以来のインドアファイナル進出)

2002年 14位→15位
  • RGでQF進出 (3回戦でモヤ、4回戦でヒューに勝ち、QFで同年優勝のコスタにフルセットで敗退)
  • 8月 トロント(マスターズシリーズ)優勝 - フェデラー・カフェルニコフ・サフィン・ハースのトップ10選手に勝ち、決勝で当時12位だったロディックを下す。ATPによると「first Argentine to win a AMS title」(AMS=今の1000大会)ということだけど、それがクレイでなくハードだということにも注目
  • 8月 手首を手術し、2ヶ月OUT

2003年 18位→248位
  • 3月に右手を手術し、半年ほどOUT

2004年 248位→12位

2005年 12位→102位
  • 2月 アカプルコでドーピング陽性反応
  • 6月 自己最高ランキング8位
  • 夏 ドーピング違反により2年間の出場停止を言い渡される。後に、禁止物質が体内に入ったのは大会スタッフが医者の処方とは違うクスリをカニャスに渡したからという主張が通り、出場停止期間が2年から15ヶ月になる。
  • 全米にGF(アルゼンチンのE.サレルノ選手)や友人たちの応援に行くが、門前払いを喰らう。( 出場停止中の選手はATPやITF主催大会会場には足を踏み入れることは出来ない)

2006年 102位→ランキングポイントゼロ→143位
  • 9月11日 復帰 (1年以上大会に出ていないので、ランキングポイントゼロからの出発)
  • 9月17日 復帰後初の大会(Belemチャレンジャー)で優勝し、500位台に
  • チャレンジャー大会を荒らし続け、2006年度末ランキング143位
  • デ杯決勝(vsロシア)に「第5の男」として参加(出番はなし)

2007年 142位→15位
  • チャレンジャー優勝で幕開け
  • デ杯1回戦(vsオーストリア、@インドア超速カーペット)対策のため全豪予選を見送り、サグレブ(インドアカーペット)に予選から出場。1回戦でサントロに敗退。(ちなみにカニャスがデ杯に出られるという保証はなかった)
  • デ杯1回戦 初日にオーストリアのナンバー1・メルツァーに勝つ。この対戦は、第4試合でデ杯デビューのデルポが自身初の5セットマッチを戦い抜き、QF進出を決める。デルポにスポットライトが当たったけど、この対戦を勝利に導いたのはカニャスでした。
  • コスタドサウイペで、復帰後初のATPレベル優勝
  • インディアンウエルズ
    R1 (LL)Guillermo Canas (ARG) d. Jan Hajek (CZE) 6-1 6-1 [Canas replaces Malisse]
    R2 (LL)Guillermo Canas (ARG) d. (1)Roger Federer (SUI) 7-5 6-2
    R3 Carlos Moya (ESP) d. (LL)Guillermo Canas (ARG) 6-4 6-4
  • マイアミ
    R1 (q)Guillermo Canas (ARG) d. Tim Henman (GBR) 3-6 6-1 6-2
    R2 (q)Guillermo Canas (ARG) d. (19)Juan Carlos Ferrero (ESP) 6-7(5) 6-3 7-5
    R3 (q)Guillermo Canas (ARG) d. (15)Richard Gasquet (FRA) 7-6(3) 6-3
    R4 (q)Guillermo Canas (ARG) d. (1)Roger Federer (SUI) 7-6(2) 2-6 7-6(5)
    QF (q)Guillermo Canas (ARG) d. (6)Tommy Robredo (ESP) 7-6(5) 6-1
    SF (q)Guillermo Canas (ARG) d. (7)Ivan Ljubicic (CRO) 7-5 6-2
    F  (10)Novak Djokovic (SRB) d. (q)Guillermo Canas (ARG) 6-3 6-2 7-5






リンクなど

Canas Tennis Academy
マイアミ校があるCrandon Parkは、マイアミ(1000大会)開催地。
共同設立者のMartin Garciaはアルゼンチンのダブルス職人で、プレイヤーズカウンシルのメンバーでもありました。コリアのコーチをしてたこともあったと思う。

◆関連過去記事「カニャス のカはカムバックのカ

◆Canas Tennis Academy Promotional Video


◆ソース

Canas, 32, was ranked eighth in 2005 when he was suspended by the ATP for 18 months for taking a banned diuretic. He was later exonerated. That layoff combined with four wrist surgeries derailed a promising career that saw him win seven titles.

He also reached the quarterfinals of the French Open three times, only to lose to the eventual champion.(注: これはちょっと違います。QFで優勝者に負けたのは1回。QFでファイナリストに負けたのが1回。QFでデンコに負けたのが1回。1回戦で優勝者に負けたのが1回。)

"Yes [I was wronged], but it's good to put in the past and enjoy what happens after,'' said Canas, who last September started the Canas Tennis Academy at the Tennis Center at Crandon Park.

"My life is different, but I'm happy in the role I'm doing right now.''

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clipped from www.canchallena.com


–Tengo molestias en la muñeca izquierda… Es algo con lo que convivo; hay veces que estoy cinco o seis días sin dolores, y de repente vuelve. El jugador se acostumbra a vivir con el dolor, pero esto lo llevo hace ya un año y medio, y no es algo puntual, sino que aparece en cualquier momento, eso es lo que más desgasta, sobre todo mentalmente, por el hecho de no estar al ciento por ciento y no poder esforzarse al máximo. Por eso ahora estoy pensando en no jugar más. Es el momento de tomar una decisión y de analizar las cosas bien.

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[ 2010/03/28 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(6)

カニャス!

お疲れ様でした! 2007年のIWとマイアミの奇蹟の事くらいしか彼の事は知らなかったけど、引退って聞くとやはり寂しいなぁ。まさに不撓不屈の男だったんですね。アカデミーの成功を祈っていますv-408
[ 2010/03/23 18:33 ] [ 編集 ]

Re: カニャス!

Rafafaさん

> 不撓不屈の男だったんですね。
(ふとうふくつ・・と読むのか。。またひとつ賢くなりました)

彼以外にも故障と闘ってる選手は多いけど、濡れ衣(←たぶん)で15ヶ月の出場停止まで加わってよりいっそうアップダウンの激しいキャリアでしたね。

リンクした英文記事には、これでフェデラーも安心して・・みたいなことが書かれていたけど、実はモナコも一安心じゃないかと。。←初対戦でダブルベーグルもらって、その後も二つくらいベーグル焼かれていたので・・・


[ 2010/03/24 07:18 ] [ 編集 ]

お疲れ様!

もう何年も前だけど、有明で予選敗退した試合を覚えてます。かなり太めで動きも重く…。

そんな彼の練習時だったか、友人がサインを貰いに行った時、"Thank you!"と嬉しそうに丁寧に対応していた彼の姿が好印象で記憶に残ってます、良い人なんだなって。

アカデミーの成功を祈ります。Vamos Willy!
[ 2010/03/25 18:16 ] [ 編集 ]

Re: お疲れ様!

Mizueさん

予選から参加の年なんてあったんですね。
「太め」だったということは、故障か何かから戻ってきた頃だったのかな。

>良い人なんだなって。
とても気さくで明るい人みたいです。

子供の頃はお金がなくて、無料でテニスができるところに入り浸って練習に次ぐ練習、練習相手がいなければ壁に向かってサーブ練習・・・というような話がMTFスレッドにありました。それだけの思いをしてトップ選手になったから、故障だろうが出場停止だろうが戻ってくるだけのガッツがあったのかもしれませんね。
[ 2010/03/25 21:06 ] [ 編集 ]

今度はコーチとして何処かで会えるかなぁv-426 グルビスに渇を入れてやってください・・・って、いや私はファンじゃないけど。でもカニャスがコーチなら応援するので、まじめに不撓不屈の男になってくださいv-411
[ 2011/06/17 20:26 ] [ 編集 ]

グルビスのような選手には学ぶ所の多いコーチだと思います。
カニャス効果が現れなかったら、それはグル側の問題だろうとも。
そうは思わないファンも多そうだけど。そういうファンは本人同様・・・以下省略。
[ 2011/06/18 02:58 ] [ 編集 ]

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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