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ラファの夏 - 2003&2004

2009年夏

あれこれあったけど、ラファがコートに戻ってきました。

◆インタビュー動画付記事 Nadal vuelve a coger la raqueta(Diario de Mallorca)
(他のものとちょっと角度が違う&インタビュー後にファンとツーショット撮っている所など)

◆La imagen del día: el primer entrenamiento de Rafa Nadal


◆ラファ語る

いっこさんがチャット欄に寄せてくれたラファの言葉(いっこさん、いつもありガト~):

「少しずつやり始める。大丈夫と思うけど、1週間半ほど様子見ないとなんともいえない。完全でも今季は難しい年になると思う」
「2ヶ月ストップしてたら、ずっと試合をしている選手に比べてリズムが狂ってしまうので、今季の残りの期間は困難なものになるだろう」
(1位奪回の可能性について訊かれたからでしょうが、記事には、)「但し、僕は23歳という点でフェデラーより有利だよ」(という言葉も入ってます。)



それ以外:

「1位でも2位でも数字が変わるだけ。1位でも2位でも僕は変わらない。大切なのは、いいプレイをすること。そうすれば道は開ける」
「今まで自分の限界を知らなかったんじゃないかと思う。でも、そこまで行ってみなければどこが限界なのかわからないものなんだ。間違いから学んで、できれば間違いをくり返さないようにする」


そして、ラファにとってのプライオリティは、やっぱり【GS優勝>1位】みたいです。

"Uno o dos lo único que cambia es el número. Ni antes me comía el mundo por ser número uno, ni ahora pasa nada por ser el dos. Lo que verdaderamente me importa es jugar bien, y a partir de ahí todo es posible"
 
"Quizás hasta ahora no sabía cual era mi límite, pero uno lo sabe hasta que pasa. He de aprender de eso, de los errores, no repetirlos, si es posible"
 
"Tengo una ventaja con respecto a él y es la edad, 23 años, frente a los 27 ó 28 de Roger. La carrera no se acaba a los 23 años y confío en tener tiempo para seguir luchando y estar en lo más alto"
"Y no me refiero al número uno sino para seguir ganando títulos importantes, que es la final lo que a uno le motiva, aunque no voy a negar que ser numero uno me ha encantado y ojalá lo pudiera ser ahora mismo"
 blog it





ラファのウィンブルドン欠場以降、昔のラファのことをよく思い出していました。あれはどうだったんだっけ? とか、そういえばこんなこともあった、とか。

そういう【思い出のラファ】の中から、2003・2004年のRG&ウィンブルドン前後の話を中心に綴ってみました。

時間が経ってるし、中には事実と違っていることもあるかもしれません。気がついたら指摘していただけると助かります。



2003年

◆RG欠場
この年のRGがラファのGSデビューになるはずでした。WCが出ることになっていたけど、モンテカルロなどでの活躍により自力でエントリー。ガスケとのダブルスも予定されていました。

欠場理由は、RGへ出発する直前の練習でボールを追いかけて転倒して肘をケガ・・ということだったと思う。(練習が終った後でネットを飛び越えようとして失敗した・・という話もあったけど、真偽のほどは不明)【追記】真相は「ラファがネットを越えようとした時、友達がふざけてネットを持ち上げた為に転んだ」ということだそうです。自伝の日本語訳にそう出ているとFaramirさんが教えてくださいました。【追記終わり】


◆ウィンブルドンでGSデビュー

前哨戦に出る予定だったけど、回復が間に合わなかったのでぶっつけ本番。しかも、芝での経験は、この前年2002年のジュニアウィンブルドンのみ。ラファ(76位)は「1回戦で5セットやれたら負けてもいいや・・」くらいの気持だった。しかも、1回戦の対戦相手はアンチッチ(68位)。そう、この前年のウィンブルドンでフェデラーに勝ってしまったアンチッチ。

しかし、フタを開けてみると・・・
R1 R.Nadal d. M.Ancic 6-3 6-4 4-6 6-4
R2 R.Nadal d. L.Childs 6-2 6-4 6-3
R3 P.Srichaphan d. R. Nadal 6-4 6-4 6-2

2回戦の対戦相手Childsは、当時489位とはいえ1回戦でデンコ(第33シード)に勝ち、芝は得意。(一応2000全米ジュニアダブルス優勝者) そのChilds戦で、ラファは試合開始早々相手のサービスゲームでネットへ詰めてボレーを決めてたそうです。そして6-2 6-3で楽々と2セットアップ。しかし、第3セットでは早々にブレイクされ、1-3。その時、雨が降りはじめました。ラファが次のゲームをキープして2-3となったところで雨中断。
1時間後に試合再開。ラファが4ゲーム怒濤の連取で勝利。その間、たったの11分。

3回戦。スリチャパンには及ばず、6-4 6-4 6-2で負けました。スリチャパンは当時11位。5月に自己最高9位を達成し、一番調子がよかった頃です。


◆ボリス・ベッカー以来

17才でウィンブルドン3回戦進出というのは、あのボリス・ベッカー以来ということで注目を浴びました。(アジア人として初のトップ10入りを果たしたスリチャパンとの試合だったこともあり、この試合は日本で放映されました。見た方多いのでは?)
.

◆注目の的

このウィンブルドンでのラファが日本のテニス雑誌の表紙になったくらいだから、日本でも注目されていたことと思います。英国メディアにもラファ関連記事がかなり出ていました。なにしろ、話題には事欠かなかった:

  • 芝での経験は前年度ウィンブルドンジュニアだけだという17才のスペイン人が、【前年度ウィンブルドンでフェデラーに勝ったアンチッチ】に勝った。
  • 英国最後の希望Lee Childsに快勝し、ベッカー以来最年少でウィンブルドン3回戦進出。
  • 負けたとはいえスリチャパン相手に善戦。「将来の全英チャンプはスリチャパンではなくラファ」とまで書かれました。
  • サッカースペイン代表として名を馳せたナダルの甥っ子である。
  • 当時、シャラポワの「声」がうるさすぎるのではないか、とあちこちで取り上げられていたのですが、ラファもうなり声が◯◯デシベルだとか書かれてた。
  • マヨルカには多くの英国人がバケーションに訪れてお金を落としてるから、ラファを英国のものと主張してもいいんじゃないか・・などと書いてある記事まであった・・・ 

Childs戦でのラファ。クリップ先にはもう1枚ラファ写真(写り良好)あり。
clipped from news.bbc.co.uk
Rafael Nadal-Parera celebrates his victory and will now face Paradorn Srichaphan in round three
 
Childs outclassed by Nadal
 blog it

スリチャパン戦でのラファ。さすがにスリチャパンにはチカラ負けしてたようだから、全力をふり絞っていたせいでこんな顔になっちゃったんだろう。。
clipped from news.bbc.co.uk
The 17-year-old Spaniard impresses all at Wimbledon
 blog it

おそらく日本で初めてラファを表紙に載せた雑誌です。拍手~
22020524-6b14-012C019A-.jpg


◆ウィンブルドン後
BastadでQF、ウマグでSFに進出。(どちらもキャリア初) ウマグでダブルス初優勝。

ウマグQF (1)C.Moya d. (6)R.Nadal 6-4 6-4
ウマグ決勝 Lopez-Moron/Nadal d. (4)Perry/Shimada 6-3 6-1 


◆失速の秋
2003年を198位で始めたラファ。年内にトップ100入りというのが目標だったそうだけど、4月末にトップ100、RGは欠場となったものの8月にはトップ50入りを果たしました。もっとも、秋になると勝てなくなり、ランキング50位前後で膠着状態。「チャレンジャーに戻ったほうがいいんじゃなか」という声もあった。

この年のツアーレベル最後の試合はベルシー予選1回戦。ハネスクにフルセットで惜敗でした。この試合がどうやらあの「チョコクロワッサンを3個食べて負けちゃった」試合らしい。

V.Hanescu d R.Nadal5-7 6-3 7-6(3)
 
この年ベルシーを見にいった私は、負けて引き揚げるラファの背中に向かって「あなたのファンたちからのメッセージがあるの~」とか叫んで呼び戻し、ファンサイトで募集した応援メッセージを渡しました。(出発2、3日くらい前に思いついたことだったので、約20人からの短いメッセージを白い紙に印刷して事務用ファイルで閉じただけのとても質素なものでした) 


◆Mロペちゃん他といっしょ

オフシーズンに入ると、ラファも所属するRCTB 1899(バルセロナ大会が開催されるクラブ)が、スペインのクラブチーム選手権で優勝。ラファは、シングルスだけでなくダブルスでもA.コスタと組んで優勝に貢献しました。

こうやって見るとコドモですねえ。
Pagina+21.jpg

借り着・・・?
Pagina+01_20090721080429.jpg
Photos from http://www.rctb1899.es/






2004年

ラファはこの年はRGにもウィンブルドンにも出ていません。



全豪前後
新年早々オークランドでキャリア初の決勝進出、全豪3回戦進出、そしてデ杯1回戦(vs チェコ)でデ杯史上最年少で決勝点をあげてスペインをQFに導きます。

デ杯ヒーローになったラファ
ラファLVG200402090233DB.pdf (1 page)
もっと大きいラファを見たい方は、こちら(PDFファイルへのリンク)からどうぞ。


◆4月 エストリル

R2 R.Nadal d. R.Gasquet 6-4 3-6 6-2

1回戦(vs イバニセビッチ)で足を傷めた。この時点で棄権すべきだったけど、2回戦の相手はガスケ。ガスケとは前年9月のチャレンジャーでプロとして初めた対戦したが、腿を傷めて途中棄権で負けている。ここで棄権したら「ガスケを避けた」と思われるのがいやで(注:ラファが自分でそう言ったのかどうかは覚えてない。私たちファンが憶測しただけという可能性大)、無理をして試合に出た。
ガスケには勝ったけど、足が悪化して次の試合を棄権。(ガスケとの試合中、足が痛くて棄権も考えてたとか)


◆4月 バルセロナ

スペインに到着したラファは車イスで飛行機から降りてきた。バルセロナでの会見には松葉杖をついて現れた。
ドクター・コトロによると、ラファは左足首を疲労骨折、ケガが癒えるのに6~8週間、さらにツアーに戻るまで3~5週間(合計2~3ヶ月、最低でも2ヶ月)かかるだろうとのこと。


◆リハビリの日々

こんな風な一日を送ってたそうです。

  1. 午前中、プールで45分間ワークアウト。最後に泳いでたらしいけど、かなりオリジナルな泳ぎ方だったらしい。
  2. プールのすぐ近くにあるマナコール・テニスクラブへ。まだ松葉杖が必要だけど、テニスをします。コートに置いた椅子に座り、トニが投げるボールを打つ。これを1時間。
  3. 車でマナコール病院へ行き、ひびの回復を促すという【磁気治療】を受ける。これで午前中はお終い。
  4. 午後はパルマの病院へ行く。マナコールではないことだが、パルマでは注目を集め、サインなどを求められる。病院では、まず【高圧室(骨が早くくっついてきちんと治るようにするためのものらしい)】で、マスクをして1時間椅子に座る。
  5. Joan Forcadesと体作り。
  6. 家に戻ると、もう夜。家でも足に機械を乗せます。(どういう機械なのか不明だけど、どこかでラファが「松葉杖無しで立てる機械」というようなことを言ってたような・・言ってないような???)

プールでのリハビリ
ラファDiario de Mallorca,May 7, 2004 33279504-08a6-011900C6-
Photo from Diario de Mallorca

そんなリハビリの甲斐あって、経過は良好。当初言われていたより早い復帰となりました。


◆RGへ

ツアー復帰前に、カルロス・コスタに連れられて1週間ほどRGへ。

まだ松葉杖をついていた・・という話があるのですが、本戦前日(日)のモヤの練習試合コートに現れた時には松葉杖なしでした。

モヤからRGチャンピオンになる秘伝を授けられている所
PICT0056.JPG

ラファは本戦試合もいくつか観戦。自分も出たかった・・という思いのせいか、最初はすぐに見るのをやめちゃったりしてたらしい。


◆ちょっと脱線・浮いた話
キリレンコとラファ・・というそよ風のような噂があったのはこのRGだったと思う。その他にも、同い年くらいの東欧の女子選手とか年上のモデルとか、根も葉もなさそうな話はいくつかあった。「ラファ結婚」という噂が流れたのがこの年の暮れだった。もちろん、ガセ(というかカンチガイ)でした。


◆ちょっと脱線・バースディブック
この年、ファンサイトでラファにバースディブックを渡そうという企画があって、「それなら、私今年はRG(かHalle)に行きます!」と立候補。
ラファの故障によりバースディブックは別のルートを通じてラファの手に渡ることになったけど、ファンサイトをいつも覗いているという方から「RGに行くのなら、QFとSFのチケットが余っているんだけど・・」という夢のような話が舞い込んだ。当時は翌日以降のアネックスチケットなどを会場内で買うことができたし、なんだかんだでガトの優勝までの全試合を見られた。できすぎた話だ・・・


◆復帰

復帰後初出場のBastadでは70%くらいの調子。その翌週のシュトゥットガルトで足の具合を聞いてみると、「まだ100%じゃないけど、ま、なんとか・・」ということだった。

Bastadでは、RG優勝したばかりのガトに敗退。シュトゥットガルトでは、そのガトにあと一歩で勝ちそうになったフェレール(ランキングはまだ低かったけど、そのプレイはすでに今のフェレールだった)に負けました。

Bastad QF (2)G.Gaudio d. R.Nadal 6-2 6-3
シュトゥットガルトQF (11)D.Ferrer d. (14)R.Nadal 6-3 6-7(3) 7-5


◆初優勝

8月のソポトでツアー初優勝。

決勝 (6)R.Nadal d. J.Acasuso 6-3 6-4

この年、ラファはトップ20入りを目標にしていましたが、故障のため得意とするクレイシーズンを棒にふったので、目標を修正し、年末までにトップ30入りを目指します。


◆オリンピック初出場
4年に一度だし・・と出たがっていたオリンピックは、故障による休場があったためランキングが足りず、代表から漏れた。しかし、土壇場でモヤとのダブルスにWCが出て急遽参加となりました。

ソポトで優勝した晩に飛び、(月)午前3時にアテネ着。その日に1回戦を行ない、敗退。
Sa/Saretta d. Moya/Nadal 7-6(6) 6-1


◆全米SF進出~デ杯優勝

全米SF (13)Paes/Rikl d. Nadal/Robredo 6-3 6-3

デ杯での活躍が認められ、デ杯SFダブルス出場 
Nadal/Robredo d. Clement/Llodra 7-6(4) 4-6 6-2 2-6 6-3

デ杯SF最終日、故障気味だったモヤの代わりにリバースシングルスに出場し、決勝点を決める
Nadal d. Clement 6-4 6-1 6-2

デ杯決勝については、私が書くまでもないですね。というか・・・デ杯SFも決勝も里帰りと重なっていたため浦島花子状態で、後になって読んだ記事などから様子を知るのみなんです。


◆後日談

ツアー復帰までの約3ヶ月およびその後もラファの口からどれだけつらかったかという話は出てこなかったけど、翌年になってこんな風に語りました:

「誰とも話さない日もあった。仲のいい友だちや家族とさえね。だけど、なくなってみて、自分が持っているものの価値がわかるようになるんだ。大変な怪我だった。治るのに時間がかかったし。何かを成し遂げたあとで、また一から為し遂げなきゃいけないなんて、できるだろうか考えちゃうよね」 (注:エストリルであと2勝していたら30位くらいになってたはずだった。それが、7月に復帰した時には60位くらいになっていた)


この頃のラファをよく訪ねていったというカルロス・コスタが、当時のラファについて「彼はいつもハッピーだった。彼はそういうヤツだから。だけど、『復帰した後、うまくいくと思う?』って聞いてきた」と言ってます。

“There were days when I would not talk to anyone, even my close friends and family,” he said. “But it helps to appreciate what you have when it is not there. It was a tough injury because it took a long time to heal and when you have achieved something and you have to achieve it all again, you wonder if you can do it.”

 blog it
clipped from www.mensjournal.com

Yet Nadal’s progress has had setbacks, and he was severely tested in 2004, when he suffered the first of two injuries, shortly after cracking the top 50. A stress fracture to his left ankle took him out of play for three months; home in Mallorca he spent seven hours a day in rehab. Costa visited him often. “He was always happy,” Costa recalls, “because he’s a happy guy. But he would ask, ‘Do you think it will be easy for me when I get back?’ ”

That May, Costa took Nadal to the French Open to show him the courts and grounds. They went to a match, where Nadal lasted 10 minutes. “When you can’t play,” says Costa, “it’s too painful to watch.”

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関連記事
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[ 2009/07/21 ] 選手 ナダル | TB(0) | CM(12)

とっても貴重な記事(&復帰映像)をありガトーございます!ラファ(テニス)を見るようになってまだ年月が浅いので、知らないお話もたくさん知れて嬉しいです。若くして華々しくスターになったラファだけど、その一方では何度も故障に泣いていたんですよね(03年の肘のケガ、ラファがネットを越えようとした時、友達がふざけてネットを持ち上げた為に転んだ、と自伝の日本語訳にありました)。

「今まで自分の限界を知らなかったんじゃないかと思う」
体や心が強過ぎるのも考えものです(涙)。でも、”あの時気付けて良かったんだ”、と思える未来がラファには訪れますよね? いまはただ、ラファの復活を祈るばかりです。
どうか贈り物が、しっかりラファの元に心に届き、ラファの助けになりますように・・・(長文で失礼しました)。
[ 2009/07/21 11:07 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

Faramirさん
>自伝の日本語訳にありました
あ、そうか、日本語訳が出てましたね。
私はその訳も自伝本も見てないので、この件は当時のファンサイト掲示板での話を思い出してたんです。

>知らないお話
も書こうと思ったんだけど、日本語訳(ラファ自伝)にほぼ全部出ていそうですね。
ま、自分が覚えている当時のラファを一度棚卸ししておきたかったってこともあるんです。棚卸しセール!(笑)

>体や心が強過ぎるのも考えものです(涙)
でも、まだ23才ですから!
今後はもっと省エネプレイを磨いて、数年後には無敵のサーブアンドボレーヤーになっちゃってたりするかもしれませんよ~ ラファのことだから、あり得ない話ではないです。
[ 2009/07/21 19:31 ] [ 編集 ]

練習再開ですね!
1位だろうが、何位だろうが、元気なラファが見られれば私はそれだけで満足です♪それで結果がついてきてくれたら言う事なし!

私は自伝買ってないので、昔の話や写真は本当に有難いです。自分で探そうにも英語がネックになってすぐ挫折。もっと勉強しておくんだった。とテニスを観るようになってものすごく後悔してます。なので、これからも色々な情報楽しみにしています!(自力でも頑張りマス)
[ 2009/07/21 21:19 ] [ 編集 ]

怪我からの復帰

ラファは、もう何度も大きな怪我をして、シーズンやポイントを棒に振っているんですね。
そしてそのたびに、いろいろな努力をして復活してより強くなっていることを改めて感じました。
れいこさん、まとめてくれてありガト~!

「今まで自分の限界を知らなかったんじゃないかと思う」
2003と2004の怪我でこれだけ大変な思いをしても結果all rightだったから限界なんて考えられなかったのかしら?今回こそ、学んでほしいな~。

ラファのことを気にしてくれた結果、ガトのRG優勝をしっかり見届けられたって話、いいですね。チケットを譲ってくれた方、ナイスジョブでした!
[ 2009/07/21 21:32 ] [ 編集 ]

れいこさんこんばんは。
ラファ棚卸しセール、ありガト~ございます!こんな時ばっかり食いついてすみません(汗)
私も年の割にはひよっこファンなもので知らなかった事沢山あって嬉しいです。写真も初々しくてイイですね~ほんとにつくづくこの頃から知っていたかった・・

「今まで自分の限界を知らなかったんじゃないかと思う」
あまりにも若くしてここまで登ってきちゃったのだから、痛みが続いてもまだいける筈、とつい過信してしまうのも無理からぬ事だったのでは。よくフェデラーと体調管理の意識について比較されてますが、ラファだって5年後にはれいこさんのおっしゃるように省エネプレーヤーになってるかも知れませんよね。そうなったらノースリからポロに変わった時と同じ寂しさを感じるだろうなぁ。でもラファが少しでも長くテニスを続けて行くために必要ならファンの(私の)意識も変えていかないといけないのでしょうね。
[ 2009/07/21 23:13 ] [ 編集 ]

嬉しいです♪

れいこさん、長い記事をありガト~ござました。

>間違いから学んで、できれば間違いをくり返さないようにする。

私もだわ・・・

ガムシャラじゃないRafaになったらファンは物足りなさを感じるかもしれないけれど、長いこと選手として観ていたいので省エネプレーが出来る様になったRafaも観てみたいです。モントリオールでもシンシナティでもいいから、思いっきりプレーする姿が観たいです。
[ 2009/07/22 04:08 ] [ 編集 ]












v-66ちゅーこさん
そうそう! 元気で、ある程度上位にいれば、GSはいつでも射程内。また1位返り咲きもあるだろうし。

>(自力でも頑張りマス)
ぜひぜひ。

ラファのことを知るには、試合動画を見て、それからインタビュー↓を読むというのが一番かも。
http://www.asapsports.com/show_player.php?id=12336
たくさんあるので、昔のものから読むのをおすすめします。基本的に昔も今も言ってることは同じだし、昔のインタビューは短い応答のものが多いのでとっつきやすいと思います。
私も読んでないインタビューのほうが多いので、えらそうに言えませんが・・・



v-66のびたさん
若い時に怪我が多いというのは不運だなとは思うけど、それでも戦線離脱が半年になるようなことがなかったのは不幸中の幸いだと思います。
ま、今までのことは若気の至りということで赦して上げましょうね♪ 

1位じゃなくなったのは(たぶんそろそろ2位の座も危ないですよね)、あまり勝敗にとらわれずに自分のプレイを変えていくいいチャンスかもしれません。ナンバー1だとどうしても守りに入っちゃうのが人情ですからね。
今までみたいに勝てなくなったとしても、焦らず見守っていきましょう。



v-66りらさん
ひよっこファンにはひよっこなりの視点があって、それがおもしろそう! と私は思ってます。
というか、いろんな人がいろんな目でテニスを見てるということがすごくおもしろい! と思うのです。

>フェデラーと体調管理の意識について比較
比較し甲斐のある2人ですよね。

・・フェデラーはお利口さん。
・・ラファはおバカさん。

しかし、ラファはバカはバカでも学習能力の高いバカ。
それが証拠に芝をあっというまにマスターしちゃいました。ハードも、2003年からじっくり取り組んできた成果が出てきてます。

省エネプレーヤーになろうがサーブアンドボレーヤーになろうが、ラファはラファ。
ノースリだろうが長袖長ズボンだろうが、ラファはラファ。
no?

(バカバカと連呼してすみませんでした)



v-66HRKさん
>私もだわ・・・
上に同じく・・・

>ガムシャラじゃないRafa
ガムシャラしなくてすむようガムシャラに頑張るラファが見られますよ♪

すぐにプレイが変わるとは思わないけど、どんな方向にどんな風に進んでいくのか、楽しみです。
あと2、3年でプロ生活も10年。10年間でどれだけ進化できるものなのか、見せていただきましょう!

[ 2009/07/22 07:49 ] [ 編集 ]

Rafaの夏

れいこさん、はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いています。nannnanさんのところから彷徨い出てきました。
知らなかった昔のお話を沢山ありがとうございます。
私も2005RGからのひよっこ組です。ずっと遠ざかっていたテニスの世界にラファが引き戻してくれました。
これからもラファほかVamos組の組長のお仕事がんばってください。
[ 2009/07/22 15:47 ] [ 編集 ]

昔のナダル君。。。

れいこさんがナダル君のことを昔から発信してくれていたので、知っていたのですが、最初に見たのは04年の全米でグランドスタンドのコートでした。負け試合だったし、まだその時はそんなにすぐ強くなるとは感じなかったのです。でもすごいスピンボールと左手の振り上げとフットワークに驚いていました。また、試合後負けたのに今のバモスラファのサイトの前身のファンサイトの主宰の方(お名前失念)に挨拶にきたのでなんて礼儀正しい子だろうと思いました。
後その頃はだれも注目していなかったので、全米の会場をチュッパチャプス食べながら、コーラ飲みながらうろちょろしていました(写真とっておけばよかったと後悔)
その後の活躍は、みなの知るところ、05年バルセロナの大会に行くイベリア航空の機内誌に04のデ杯で活躍したナダル君の記事が3ページくらい載ってました。一般誌にテニスの記事が載るなんて日本ではなかなかないことだし、とても驚きました、それはまだ序の口でした、バルセロナでのナダル君はは警備の人に数人に囲まれて歩いている大スターに変貌を遂げていたのです。フラフラしていたNYからは数ヶ月しかたってないのに。。。テニスもこの間に進化をとげ、フェレーロをやぶって優勝しました。人間の成長をこんなに感じたのは初めてでした。。ナダル君はわたしにとっても強烈な選手です。
[ 2009/07/22 19:59 ] [ 編集 ]

v-20hakoさん
ようこそ♪ ラファに引き戻された・・・ということは以前はテニスをご覧になってたんですね。ごひいきの選手とかいらしたのかな?

>Vamos組の組長
く、組長だなんて・・・ 明日、背中に大きくVAMOSとタトゥーを入れてもらってきます!(笑) 
 

v-20まさこさん

>ファンサイトの主宰の方(お名前失念)に挨拶にきた
>チュッパチャプス食べながら、コーラ飲みながら
(スーザンですね。なつかしい!)
そんなこともあったんですか~ 
チュッパチャップス・・・どんな顔して食べてたやら♪

>フェレーロをやぶって優勝
そういえば、ラファはRG優勝する前に、過去のRGチャンプたちにきっちり勝ってますね。
ガト、フェレロ、コスタ、モヤ。(グガとは対戦なし) RGチャンプじゃないけど、コリアやフェデラーにも勝ったし。

いずれはナンバー1とは思ってたけど、あの勢いのままRG優勝して不動の2位を何年も続けるとは思いもよりませんでした。。
[ 2009/07/23 06:36 ] [ 編集 ]

チャレンジしまーす!

インタビュー集(?)のリンク、ありガト~ございます!(←初めて使ってみました♪)
昔の簡単そうなのから読んでみますね!
[ 2009/07/23 22:48 ] [ 編集 ]

「ありガト~」をありガト~♪
[ 2009/07/23 23:26 ] [ 編集 ]

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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