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思い出のデ杯

◆華麗なる欠席者たち

ラファ、フェレロ、モヤ、ガト、コリア、プエルタ - 今回のデ杯決勝にはRGファイナリスト6人が欠席・・・と、ある記事で気がつき愕然。

しかし、欠席という言葉はスペインの3人にはあてはまるけど、アルゼンチンの3人は候補の「補」の字の最後の点にも上がりませんでした。
ちなみに、プエルタは今回のヒッティングパートナーを努めています。ガトはChannel13、コリアはTyC Sportsのコメンテーターとして登場する可能性があるとか。

スペインの3人は、一度は自分が主役(級)でデ杯優勝している。でも、アルゼンチンの3人は・・・。特にガトはアルゼンチンのWG(ワールドグループ)浮上に大きな貢献をしたのに。ま、でもRG優勝したんだし、私がここでブツブツ言ってもしょうがないか~

「自分がプレイしてデ杯優勝」と「RG優勝」のどちらかを選べるとしたら、ガトはどちらを選ぶだろう?



◆マラガの悲劇

アルゼンチンvsスペインの前回対戦は2003年SF@マラガ(スペイン)。

ええ、見にいきましたよ、マラガまで。チケットは現地で当日ゲット。よく手に入ったもんです。(ついでに言うと、会場設営もよく間に合ったもんです。試合開始2時間、いやもっと直前まで工事車両みたいなのがウロウロしていたゾ)

どっちを応援してたんだって? スペインです。スペイン3−2アルゼンチン(ガトがシングルスで2勝)で、スペインが決勝進出と願っていました。ガトは好きだったけど、【ガト<スペイン】だったんだね、今思うと。

で、私の思惑通りスペインが3勝2敗で決勝進出。しかし、3勝2敗の内訳が・・・・・。ガトが2勝せずに2敗、それも惨敗x2。

R1 - FERRERO d GAUDIO 6-4  6-0  6-0
R2 - MOYA d ZABALETA 5-7  2-6  6-2  6-0  6-1
R3 - ARNOLD-KER/CALLERI d CORRETJA/COSTA 6-3  1-6  6-4  6-2
R4 - CALLERI d FERRERO 6-4  7-5  6-1
R5 - MOYA d GAUDIO 6-1  6-4  6-2

当 時のフェレロは世界ランキング・ナンバー1、モヤは6位。ガト(32位)が敵わないのは仕方ないんだけど、あまりにもひどい負け方ということでアルゼンチ ンテニス協会会長が「メンタルがなってない」云々と、ガトを公然と批判。一般メディアがそれに乗ってガトを糾弾 → 一般大衆がガト叩き・・・ということになり、ガト大いに落ち込む。翌年2月のブエノスアイレス大会では、ガトが登場するとブーイングするバカまでいたそう だ。テニス面での不調も重なり、ガトはテニスをやめることも考えたという。
 
当時アルゼンチンのトップ選手だったコリア(5位)とナル (9位)が欠席という中、最終戦まで勝敗が持ち越されたのは、カレリ(16位)が冴えに冴えていたから。その年のRGチャンプにしてナンバー1というフェ レロにクレイ@ホームでストレートで勝つなんて、誰が予想していたでしょう。
サバちゃん(24位)も冴えていたんだけど、痙攣がきちゃったんだよね・・・ 
そのカレリ(現在32歳・男前)が、5年の歳月を経て今回の決勝にいるというのは感慨深いものがあります。

*( )内ランキングは当時のもの




BABY TEAM

マ ラガ2003が忘れてしまいたいデ杯ナンバー1ならば、忘れられない対戦ナンバー1はスペインvsチェコ(2004年1回戦)。見に行ったわけじゃないけど。

当時国内では圧倒的ナンバー1・2だったフェレロとモヤが出られず、それまでデ杯で1勝もしたことのないワカモノ4人(1人はちょっと年長だけど)でアウェイ@超高速サーフェスに挑んだ、あの3日間。妙に熱かった私。

ロブレド(19位)、フェリ(33位)、ラファ(40位)、マルティン(59位)
ノバク(16位・ジョコじゃないですよ)、ステパネク(49位)、ベルディフ(98位)

ランキングだけ見るとそんなに絶望的な対戦というわけでもなかったのかなと思うけど、何しろロブレドやラファには(もちろんマルティンにも)鬼門の超高速コート。
だ けどラファは勝つ気満々だった。新米の最年少者でランキング上からもシングルスには出られない可能性大だったけど、何しろ熱かった。気がついたら練習コー トではラファがリーダーのような雰囲気になっていた。(オフコートでは年相応にチームメイトたちの弟分としてとてもかわいがられていたそうだけど)

その結果:
R1 - NOVAK d NADAL 7-6(2)  6-3  7-6(3)
R2 - ROBREDO d STEPANEK 7-5  3-6  7-6(4)  7-6(7)
R3 - NOVAK/STEPANEK d NADAL/ROBREDO 6-4  7-6(6)  6-3
R4 - LOPEZ d BERDYCH 6-4  6-7(2)  6-3  6-2
R5 - NADAL d STEPANEK 7-6(2)  7-6(4)  6-3

つい忘れちゃうけど、ロブレドやフェリがシングルスで勝っていてくれたからこそ最後にラファがヒーローになれたんだよね。

とにかく、2−2で最終試合に臨んだラファの気迫はすごかったと思われる。1−2の劣勢で迎えた最終日、第1試合に出て行く直前のフェリをつかまえて 「この試合に勝つんだ。そしたら、ボクが決めるから」とノタマッタ。タイムマシーンがあったら、その場面を見に行きたいものです。

リバースシングルスその1はロブレドvsノバクの予定だったんだけど、ノバクが太ももだかを傷めていてベルディフになり、スペイン側もフェリに変更。(この試合が記念すべきハスキー対決第一弾でした~)


苦手なサーフェスでデ杯デビューし、2連敗しながらも最後の最後にチームを勝利に導いたラファ@17歳。この年のデ杯決勝でのロディック戦勝利がラファの大きな転機になったと言われることが多い気がするけど、私はこのステパネク戦勝利の方がインパクトが大きかったと思う。

ア ルゼンチンに2003マラガを経験したカレリがいるように、スペインにはBABY TEAMの一員だったフェリがいる。しかも、フェリはダブルスも含めて3試合に登場・・と、事実上今回の大黒柱。出世したね~♪ 残念ながら今回は優勝は あきらめてもらうことになるけど(←強気な私)、ここでの経験を元に来年は大きくジャンプアップ!となりますように。




みなさんの思い出に残るデ杯はどんなものですか? 
よかったら、教えて下さいね。
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[ 2008/11/21 ] 2008 デ杯 | TB(0) | CM(0)

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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