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デルポトロ

帰国後の談話に追記しました。(茶色部分が追記)


なまえ: Juan Martin Del Potro
あだな: Enano(ちび)、Palito(細い棒=やせっぽち) 、 Delpo
テニあれでの通称: いつのまにか「デルポ」になってました。
出身地: Tandil(アルゼンチン) ←モナコ、サバちゃんなどと同じ
コーチ: 今年2月か3月からフランコ・ダビン(ガトの元コーチ)



デルポ帰国後の談話などから:

新しいコーチ(フランコ・ダビン)とはとてもうまくいってる模様。(キッツでの会見で「雑音に惑わされずコーチとパパの言うことだけに耳を傾ける」とか言ってたらしい)

優勝しようとして優勝したのではなく、試合を楽しみ、また背中が痛まないように・・・ということを考えていたそうです。「勝つにしても負けるにしても、やれること・やるべきことをすべてやったという満足感を持って大会を終えたい」と。

シュトゥットガルト決勝前日はなかなか寝つけず、当日は朝食が喉を通らず、ほんのちょっとしか食べられなかった。選手としてもコーチとしても経験豊かなフランコが一緒でよかった。

武器はサーブ。体に負担のかかるフォームだったのを矯正して、以前より自然に打てるようになった。(キッツでは最速220キロくらい出てた) サーブはまだまだ良くなる余地がある。

今年前半は故障続きだったが、RGでボレリに負けた後「もうたくさんだ、これで終わり!、過去は過去!」と心機一転、シュトゥットガルトでボレリに勝ってからノッてきた。ここでボレリに勝ったのが転機だったと思う。(ボレリとは個人的にも親しいこともあり、余計にやりづらい)
そして、シュトゥットガルト決勝でガスケに勝てたことで大きな自信がついた。

ラファとはプレステだけでなくチャットなんかもする仲らしい。出会いは南アでのナイキジュニアツアー(デルポ12才、ラファ14才くらいの時)。もちろん、ラファは今回の優勝を祝福してくれた。

サバちゃんやモナコは、心からサポートしてくれる。ガスケとの決勝前にモナコと話したそうだけど、モナコは「落ち着けよ、誰かに何かを証明しなきゃいけないわけじゃない、初めての決勝なんだから楽しむんだ、(賞品の)クルマのことなんか考えないで・・・」などと言ってくれたとか。(モナコは、自分の初めての決勝では勝てなかった)

モナコと話したのは、決勝前夜じゃなくて決勝2時間前だったみたいです。
「僕が成し遂げたことをうれしく思っている、今を楽しめ、賞品のクルマのことは考えるな、と言ってくれた。でも、センターコートにクルマが飾ってあるのが目に入るのでクルマのことを考えるなというのはむずかしかった。彼のコトバは心がこもっていて、役に立った。彼のアドバイスに忠実に従ったから落ち着いてプレイできた」

(デュッセルドルフで開催されるWorld Team Cupについて)
「ピコ(モナコ)と、ボクたちのどちらかがアルゼンチンのナンバー1になって、タンディル人だけのチームで参加したいっていう夢があるんだ」
[注: タンディルには、この2人の他にMゴン(76位)、Junqueira(105位)という選手がいる。2人の夢が叶った暁には、やはりタンディル出身のサバちゃんがチーム監督になるんじゃないかと・・・]






【続きを読む】には「デルポの歩み」、最近のデルポ動画、談話のソース  [ 2008/07/25付 ]




デルポの歩みを、テニあれで取り上げたニュースを中心にまとめてみました。


■Del Potro escaló 21 posiciones y está 44° en el Ranking ATP(2:44)
デルポ、21位上がって44位に。
デ ルポの歩み: vsフェレロ@RG2006、vsフェレロ@ブエノスアイレス2006(フェレロのこぶしが見られます)、vsゴン@全豪2007(カラダ が続かなかったんだよね・・・ で、ラファが「ボクだってそうだったから」となぐさめてくれた)、デ杯デビュー(vsメルツァー)、vs ロブレド@マドリッド、vsフェレール(また治療受けてます)、ローマ2008(vsマレィ)で故障に泣く(←文字通り)、ほか






2005年

年頭1045位 → 年末157位

■RGジュニアQF:A. Murray (GBR, 1) d. J. M. Del Potro (ARG) 6-4 6-2
マレィに負けてジュニアを卒業。(この前年の全米ジュニアでもマレィに6-0 6-1で負けている)
敗退後のデル・ポトロをフェデラーやナダルが練習相手に指名したらしい。

■7月 BiellaチャレンジャーQF
ラバーゼ(207位) d. デル・ポトロ(ARG、425位、16才) 6−2 6−4

■秋(ブエノスアイレス2006記者発表会)
「WCのひとつはおそらくデル・ポトロに出すことになるだろう。ただし、今年のCopa Petrobrásシリーズ(チャレンジャー)でそれなりの結果を出すという条件付」 (ブエノスアイレス大会ディレクター談)

■秋 モンテビデオ(Copa Petrobrásシリーズ)でチャレンジャー初優勝
今季3つのフューチャーズに優勝。現在トップ200選手の中では最年少。(次に若いのは18才のマレーとジョコビッチ)

■秋 ブエノスアイレス(Copa Petrobrásシリーズ)
1回戦でKoellererと対戦。試合中、痙攣のため手当を受けてたデル・ポトロはKoellererにからかわれ、それが原因ではないにしろ敗退。ロッカールームに戻る途中でが出てきたとか。

■ちなみに、この頃は身長195cmだったはず。(2008年現在198cm - まだ伸びているのかどうかは不明)

■12月
デ ル・ポトロ: 「素晴しい1年だった。チャレンジャーで優勝した − これはもともとは2006年の目標だったのに。2005年当初はフューチャーズの予選さえろくに勝てなかったけど、すぐにもっといいプレイができるように なった。350位以内に入ること、そしてフューチャーズで優勝することを目指してた。ここまでやれるとは思わなかった。」
(同じタンディル出身のサバレタ、モナコについて)「ピコ(モナコ)は兄、サバレタは父親みたいな感じで、色々アドバイスしてくれる。」
一番のアイドルはサフィン。アルゼンチンではナルバンディアン。いつの日か彼らみたいにプレイできるようになりたい。」





2006年


■年頭158位 → 年末92位

■2月 ビニャデルマル(ツアーレベル・デビュー
R2 Gonzalez d. Del Potro 3-6 6-7(4)

■2月 ブエノスアイレス
R1 (3)Ferrero d (WC)Del Potro 62 46 64
WCを貰ったこの大会のために全豪予選に出ないでクレイで練習し、チャレンジャー(クレイ)に出て備えてきました。

デ ル・ポトロ:「対等に渡りあえたので、勝てるかもと思った。いつもTVで見ていたスター選手のフェレロに勝てるかも、と。そのせいでたくさんエラーをして しまった。とにかく、今回の対戦はよい経験になった。僕はまだ若いけど、いい方向に進んでいると思う。でも、こういった対戦を乗り切るにはまだ経験が足り ない。こういうトップ選手との対戦では、とくにメンタルの格差を感じる。ビニャデルマールでもそうだった;フェルナンド・ゴンサレスと対等に打ち合えた。 だけど、彼ら(フェレロやゴンサレスのようなトップ選手)に勝つには僕はまだまだだ。」

■RG(GSデビュー
R1 Ferrero d. Del Potro 6-3 2-6 6-2 6-4

■9月 ムンバイ
R1 Del Potro d. Moya 6-3 6-2
これによりモヤ伝説が発動したと思われます。

■10月 TMSマドリッド(マスターズシリーズ・デビュー
予選にWCで出場。Mahut、PHマチューに勝ち本戦入り。
R1 J. Johansson d. Del Potro 4-6 4-6

■フェデラーがバーゼル大会WCにデル・ポトロを推したらしい。

■2005年は彼自身が予想しなかったほどの勢いでランキングが上がり、目標を上方修正する必要があった。2006年の目標は「TOP100に入ること」だったが、これも無事クリア。ちなみに、年間トップ100中最年少。





2007年

■年頭92位 → 年末44位

■全豪 Gonzalez d. Del Potro 76 46 67 64 40 ret.
デルポ(5セット目に痙攣のため棄権して負けた時のことについて):「ロッカールームでナダルがやってきた。僕はひどく打ちのめされていたんだ。彼は僕の肩に手を置いて『落ち着けよ。2年前、僕が君と同じ年だった時、同じことがあった』って言ったんだ」(リンク切れだけどソース
追記: この頃195cm、78kgだった模様

デ杯デビューで勝利(&キャリア初の5セットマッチ勝利)
J.DEL POTRO (ARG) 7-6(4)  3-6  6-4  4-6  6-2 J.MELZER (AUT)

ア ルゼンチンはこの勝利でQF進出を決めました。もしここで負けたとしてもQF進出は最終戦に持ち越されてカニャスがほぼ確実に勝って くれただろうし 、アウェイだったからプレッシャーはさほど大きくなかったと思う。かといって消化試合でもなく。理想的なお膳立てでデ杯デビューして、しかも勝った。こ んなに恵まれたデ杯デビューを飾る選手も少ないに違いない。

この試合の合計ゲーム数は50。全豪でのゴンとの対戦とゲーム数は同じ。全豪では痙攣で途中棄権しなければならなかったけど、今回は試合最後まで戦い抜き、勝ちました。もっとも痙攣(の兆候?)はあったらしいけど。

追記: ■2007・2008年の2月は南米クレイ大会ではなく、北米ハードコートにエントリー。ハードコートの方が得意なため。

■トップ3と立て続けに対戦
ラファ: マイアミ( 0-6 4-6)、RG( 5-7 3-6 2-6)、クィーンズ( 4-6 4-6)
フェデラー: ウィンブルドン(2-6 5-7 1-6)、バーゼル(1-6 4-6)
ジョコ: 全米(1-6 3-6 4-6)

■AIGオープン
R1 Sela d. Del Potro 6-2 5-7 3-5 RET





2008年

■年頭50位 → 4月81位 → 7月25位 → 年度末トップ10を目指す

■ 全豪リタイア↓の後、しばらくOUT。マイアミで復帰。
R2 Ferrer d. Del Potro 3-6 4-6 RET

■ローマのマレィ戦は、Baby Balls世代の歴史に残る名勝負になるかと思われたが、またリタイア。痛みとリタイアする悔しさ?で、デルポはビービー泣いた。(上記動画参照)
A. Murray d. Del Potro 7-5 4-6 0-1 RET

■デンボス(芝)で、サントロ・シュトラー・クレモンに勝ち、フェレールに負ける。

■シュトゥットガルトでツアー初優勝。
翌週キッツビュルでも優勝し、2大会連続優勝。





あれこれ

デルポの夢が叶う
デルポ:「(ヒューイットとの練習は)ナダルやフェデラーと練習するよりすばらしかった。だってヒューイットは僕のアイドルだから」

フェデラー、今後が期待される若者について(2007年9月)
「すぐにもトップ10になりそうなデルポトロ」(フェデラー談)

デルポ@biofile
一番素晴らしかった出来事: (ジネプリに勝って)トップ100に入った時 - 200610月、東京で。

Martin Jaite、アルゼンチン選手たちについて語る
デルポトロ: 将来のトップ10。

デルポトロと仲間たち
チャレンジャー初優勝のあと、故郷に錦を飾る。(子供時代からの仲間たちとの集合写真あり)

デルポトロ「ナダルなんか目じゃない」
デ ルポ:「ナダル? 目じゃないね。モナコやカレリはいいライバルだ。モヤもナダルも残りのスペイン人たちもライバルじゃないね。アルゼンチン人の方がレベ ルが高い。スペイン人は僕らに敗戦続きでいい加減イヤになってるんじゃないかな。いつも夕食とかお金とか賭けてるし。」
プレステの話です。

Team Tandil(テニあれ過去記事、シュトゥットガルト2006観戦写真)
JMDP特集 feat.ガト(テニあれ過去記事、RG2006観戦写真)
デル・ポトロ - タナボタ君(テニあれ過去記事)
Del Potro clasifica a semifinales en Belo Horizonte (ATP、2005年8月)






■ATP Tennis Show - Spotlight on Juan Martin del Potro(4分弱)



■デルポ語る@Segundo Saque(2008年3月)
Del Potro habla de sus comienzos en el tenis.
テニスを始めた頃の話

Del Potro habla de la Copa Davis.
デ杯について

Del Potro habla de sus entrenadores.
コーチについて

Del Potro habla de sus sueños como tenista. 
夢について。ナンバー1になることが一番の夢みたいですね。

Declaraciones antes del partido con Nadal en RG(Segundo Saque)
ラファとの対戦@RGを前に語る

■Del Potro hace un análisis de los títulos conseguidos


■Juan Martín Del Potro, en exclusiva (Parte 2)


■Juan Martín Del Potro habla de sus primeros dos títulos


■Del Potro habla de su gran semana y los dos títulos(1:47)
デルポ帰国。空港にて2週連続優勝について語る


■デルポ帰国。空港にて語る(50秒)
Juan Martín Del Potro regresó a su país
Juan Martín Del Potro regresó a su país


■Juan Martín Del Potro se consagró en Kitzbühel(1分半)
デルポ、キッツ優勝。
メルツァーのラケット虐待(←めずらしい)、デルポが優勝の瞬間にひざまづいて十字を切ってるシーン、など。




ソース:
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"Puedo sacar el doble mejor"
 
Me tocó perder con Bolelli,
 
"Basta, se acabó, lo que pasó, pasó"
 
Franco (Davin, su DT) me decía que tenía que esperar el momento, y que cuando me llegara debía estar preparado.
 
Al saque lo puedo mejorar el doble, como mi movilidad y el físico.
 
Con Rafa chateo de vez en cuando y también me felicitó. Es lindo que gente grossa como ellos, también Pico (Mónaco), Mariano (Zabaleta), Gaudio, te reconozcan lo que vas haciendo.
 
-Zabala me ayudó mucho, la vivió casi como yo, en juniors era bueno. Sabe por lo que estoy pasando. Son tipos que te dicen las cosas de corazón, no hay falsedad, quieren lo mejor para mí. La noche previa a la final con Gasquet, hablé con Pico y lo que aconsejaba me llegaba al corazón. Me decía: "Jugá tranquilo, vos y nosotros sabemos lo que sos, no le demostrés nada a nadie, tenés tu primera final, disfrutala, no pensés en el auto...".
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El está acostumbrado a ese tipo de situaciones; el que todavía no había ganado era yo, así que tenía que escucharlo, tomar las palabras que me decía y hacer lo mejor posible.
 
Me dice: podés ganar o perder, pero tenés que salir con la satisfacción de que hiciste todo lo posible y lo que tenías que hacer . Lo hicimos de esa manera, no pensando en ganar el torneo, sino con la idea de disfrutar cada partido, y también por la posibilidad de jugar sin sentir dolores en la espalda, así se me dieron los dos torneos.
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7月26日追加:
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-El día anterior (en Stuttgart) viví una sensación muy rara. La noche previa al partido no pude dormir, cuando me levanté no podía desayunar, comí muy poco. Lo bueno es que a mi lado tenía a Franco (Davín, su entrenador), que ya está habituado a vivir ese tipo de cosas.
 
-Sí, dos horas antes. Me dijo que estaba contento por lo que había hecho, que disfrute del momento y que juegue sin pensar en el auto que había de premio, algo que es difícil, porque mientras jugás lo ves ahí al lado. Sus palabras fueron de corazón y me sirvieron mucho, porque seguí sus consejos a la perfección y eso hizo que jugara tranquilo.
 
Düsseldorf (la Copa del Mundo)
 
Con “Pico” tenemos la ilusión de que alguno de nosotros quede primero de Argentina para poder armar el equipo con todos tandilenses.
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[ 2008/07/27 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(4)

ピコ。。。

れいこさん、モナコはいい子ですね~
自分が闘病生活を送っているのに、後輩にそんないいアドバイスをするなんて。。。
アルゼンチンの選手たちって助け合ってる感じがしてほのぼのします♪

デルポのアイドルはサフィンだったりヒューイットだったり。
これを聞くと彼が相当若いんだなって思います(苦笑)

動画は家に帰ってからじゃないと見られないので後でゆっくり見せていただきます。
あっという間に2勝ですものね。サーブが220kmですか。
進化したデルポ、AIGに来てくれるといいなぁ。
[ 2008/07/25 11:24 ] [ 編集 ]

アイリーンさん
タンディルは小さい町でみんな同じクラブ出身みたいなので、余計に仲がよいのでしょうね。

デルポは、ちょっと前までよく「ボクはまだコドモだから・・・」というセリフが出てきたけど、このごろはこのセリフを言わなくなったみたいです。

サーブは、これでも全力で打ってるというわけじゃないみたいなんですよね。キッツで見ていて、カラダが出来上がった暁にはトンデモナイ選手になるんじゃないかとゾッとしました。

AIGに来るかどうかはまだ未定みたいです。(コーチのフランコに聞いてみたら、デルポ・パパに聞いてみないとわからない・・って言ってた。パパがスケジュール権を握っているのかな???)
[ 2008/07/25 20:55 ] [ 編集 ]

ラファ~危ないぞぉ~

今のうちに1位になっておかないと、来年全仏をデルポに取られちゃうかもよ~v-404

前にこちらで背の高い選手要注意の記事を見たような。

それにしても2週連続優勝とはね・・・

プレステでもやられるかもv-395
[ 2008/07/25 23:50 ] [ 編集 ]

Rafafaさん
デルポはまだカラダが出来てないし、速いコートの方が得意だから、全仏以外のGSが先だと思います。全米が好きだそうなので、今年のサプライズウィナーというのもいいかな、と。まだGS優勝は早いかな・・とは思うものの、勢いのある時に取れるものは取っちゃった方がいいですよね。次から次へとすごい選手が出てきますから。

>背の高い選手要注意
ラファのバウンドの高いボールも背の高い選手にとっては苦にならないってことですよね? ベルディフがそう言ってました。
88年組は、チリッチも2m近いんですよね。。

デルポは、プレステは最近腕が衰えてるっていってたからだいじょうぶだと思います。(というか、ラファって元々プレステはあまり強くないですよね?)
[ 2008/07/26 02:23 ] [ 編集 ]

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...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)