トップページ > カテゴリー [選手 バモ族 ]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

ベルダスコ、大いに語る

友人Brigitteによる、ベルダスコ大インタビューです。

Brigitteに出会ったのは2005年。いや、2004年だったか。 
とにかく、彼女は大昔からのモヤファンで、2004年か2005年に第2のオキニとしてベルダスコを発見。
そんな彼女によるインタビューだから、お宝話満載。



この記事に関するお問い合わせ(雑誌掲載など)は
http://issuu.com/brigitteurban の【Send private message】からどうぞ。
あるいは、私にメールをいただけば、彼女に取り次ぎます。



彼女が撮った写真をご覧になりたい方は:
GSTAAD 2011
FernandoVerdascoEntrevistaGstaad2011
MADRID 2011



   


スポンサーサイト
[ 2011/09/04 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(5)

フォルランとテニス選手たち - W杯記念記事 【追記あり】

再度そっと追記:
フォルランはタンディルのインディペンディエンテ所属だったことがあるので、その時にサバちゃんと仲良くなったんじゃないかと思う。(インディペンディエンテは、サッカーだけじゃなくてテニスやらホッケーやらもあって、ATPのタンディル出身選手はみんなここのテニスクラブで育った) サバちゃんから芋づる式にモナコやガトとも仲良くなった・・・と思われます。


◆動画 Saque, volea y gol(サーブ、ボレー、ゴール)

フォルランは出てこないけど、サッカー関連ということで。

(時間は残り時間)
W杯開会式?
歴史的ウィンブルドン動画(白黒フィルム)
6:35 フェデラーの足技
6:03 若いラファがサッカーしてる所 → 最近のラファ(以下、選手やコーチがサッカーだかW杯だかについて語ります)
アルマグロ
ルイス・ロボ
4:45 スタラーチェ
4:01 バグダティス
シュワンク
フォニーニ
アンドレエフ
サッカーするジョコ、マレィ(ベッカムと?)、
マルティン・ハイテ
マラドーナとナル
マラドーナ
マッケンロー(と抱合うマラドーナ)


そっと追記: http://www.fuebuena.com.ar/?p=6055(ウルグアイ開催チャレンジャーに現れたフォルラン)



[ 2010/07/05 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(0)

Velotti d. Collarini

2010RGジュニア決勝は、アルゼンチン対決でした:

Agustin Velotti(ARG) d. Andrea Collarini(USA) 6-4 7-5



15歳の頃からアルゼンチン代表として一緒に各地を転戦してきた二人。
ずっとダブルスでのパートナーでもありました。テニスを離れたところでも仲の良い二人です。

Collariniはアルゼンチン人の両親のもとニューヨークで生まれ、3才くらいからずっとアルゼンチンで暮らし、アルゼンチン人としてプレイしてきました。が、米国テニス協会から好条件でスカウトされ、今年の春先あたりから米国選手として登録されています。(関連過去記事をこの記事末尾に再掲しました)

今年のRGではアルゼンチンテニス協会が難色を示したため、それぞれ別のパートナーとダブルスに出場。(VelottiはアルゼンチンのArguelloと組んで準優勝) 二人で組んでいたら、どちらかが単複優勝していたに違いない。

二人とも、おめでとう!



試合終了後。長い抱擁だったそうです。
Jun. 06, 2010 - Par S, FRANCE - PARIS (FRANCE) 06/06/2010.- Argentinian tennis player Agustin Velotti (R) embraces US Andrea Collarini (L) after their Roland Garros tennis Tournament male juniors category match played in Paris, France on 06 June 2010. Velotti won 6-4 and 7-5.

Agustin Velotti of Argentina (L) is congratulated by Andrea Collarini of the U.S. after winning the boys junior's final at the French Open tennis tournament at Roland Garros in Paris June 6, 2010. REUTERS/Thierry Roge (FRANCE - Tags: SPORT TENNIS)



◆動画 Velotti superó a Collarini y se llevó el título junior de Roland Garros



[ 2010/06/19 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(0)

サバちゃん引退

「サバちゃん」という呼び名で長い間親しんできたMariano Zabaletaのプロ生活に幕が下ろされました。

今年に入って試合には出てないし、練習もしていませんでした。1月末にタンディル紙サイトに出たインタビュー記事で「99%引退」と言ってたので覚悟はできていたのですが、やはりさみしい。

サバちゃんがメインでやってきたテニス関連番組の金字塔「Tenis Pro」は終了。サバちゃんは、すでに3月末から始った「Pura Química」というスポーツエンタテインメント番組のメイン出演者の一人として活動開始済み。(そういえば、サバちゃんの叔母だかがTVやラジオの司会者としてけっこう有名な人らしい)



サバちゃん語る:

「TV番組にレギュラー出演となれば、テニスはできない。もう2度とテニス選手には戻らないとは言えないけど、今は復帰は考えていない。この番組に満足してるし。とにかく2、3ヶ月様子をみてみる。レポート・情報・ユーモアを交えたクールなスポーツ番組だよ」


サバちゃん語る(今年1月末のタンディル紙インタビュー記事より):  

「もうすぐ32才。ツアーであちこち回るのに少し疲れた。 もう引退したも同然だ。 いつかはこういう日が来るとは思っていたけど、引退の日は近いと感じる。それとは知らずに現役最後の大会を終えてしまった」
 
「いろいろな分野から仕事をオファーされているけど、今後もテニスに関わっていきたい

「TVで全豪を見ると懐かしくてたまらない。シーズンが始まったのにその準備をしてなくて,今年の豊富もないっていうのはつらい。僕は勝負が・・テニスが好きだから」

「もうチャレンジャーを回る気にはなれない。たとえATP大会に戻れるチャンスがあるとしても。長年ATP大会を回った後にチャレンジャーに戻るのは難しいんだ。チャレンジャーが嫌いとかいうのではなく・・・テニスや勝負が好きだから去年は(ATP大会より格下の)チャレンジャーを回った。でも、今年はもうそれはしない」
 
「 辞め時かなと思ったのは去年。ここ2、3年肩に痛みがあるんだけど、治療に通ったりする気になれなかった。何年もこういう状態が続くと精神的に参ってしまってやる気もなくなるんだ」

(キャリアで一番思い出に残るのは?)
「(何か1つというのではなく)すべてのことが素晴らしかった。自分のキャリアや成し遂げたことやテニスを通じてできた友情に満足している。ここでお終いになるわけじゃない。現役を続ける続けないにかかわらず、テニスとはつながっていくつもりだ」
 
(ガトについて)
「 ヤツとは兄弟同然だ。他の選手と違って8才か9才の時からのつきあいだし。タンディルからブエノスアイレスに遠征することになって、最初の遠征先がTemperleyだった。【注:Temperleyはガトがテニスを始めたクラブ。ちなみにグミィもここでガト兄なんかとテニス仲間だったらしい】 相手チーム選手の家に泊めてもらうことになっていて、それがガストン・ガウディオの家だった。それがヤツとの出会いだった。ヤツのことが大好きだ。テニスを通じて得た最良のものの1つがヤツさ
 
(ガト以外に)
「モヤ・グガ・ニコラペ・サレッタ・ビセンテなどと友だちになった。テニスを通じていい友ができた」

(好きではない選手もいた?)
「好きになれないヤツや複雑なタイプとは関わらないんだ。テニス界もふつうの世界も同じで、いいヤツもいるしそうでないヤツもいる。でも、そういうヤツを名指ししたり、そういうことを気にしたりするなんて無意味だ」


この1月末のインタビューを見るちょっと前にフランコ・ダビン(デルポの現コーチ/ガトの元コーチ)がインタビューでまったく同じ言い回しでガトのことが大好きだと言ってたのを思い出してジーーーンとした。もちろん、ガトもこの2人を心から愛している。
サバちゃんとガトは本当に仲良しで、テニス以外の場所でも年がら年中つるんでいます。



サバちゃんは1978年2月28日生まれ。
14才の頃、当時20才そこそこだったM.ゴメスがコーチになる。M.ゴメスとは、もちろん現在のタンディル出身選手たち(デルポ、モナコ、Mゴン、Junqueira)を育て上げた、あのゴメス。
1995年にはRGジュニアで優勝、同年をジュニアNo.1で終える。プロとなってからは、当時のアルゼンチン人としてはハードコートも厭わず活躍できる画期的選手 として2000年に自己最高ランキング21位を達成。

とっても気さくでフレンドリーなサバちゃん。
今でも思い出すのは、2003年キッツビュルの練習コート。隅の方でサバちゃんを小さなデジカメで撮ろうとしていたら、突然打つのを止めてこちらにやってきて「写真?」とポーズを取った。後にも先にもそんなことをした選手はあの時のサバちゃんだけ。

そんなサバちゃんを5才の頃から慕い続け、お手本としてきたのがモナコ。モナコのファンサービスの良さは生来の性格によるところもあると思うけど、サバちゃんの影響も大きいと思う。10才年下のデルポは数年前に「お父さん」みたいなもんだとか言ってたっけ。

ラファも、モヤやモナコを通した縁もあって人一倍可愛がってもらったはず。(←ラファが仕事で写真撮影されているところに通りかかったサバちゃんが「ゲイ向けカレンダー撮影か」と声かけてくれたり)



いつかまたコーチあるいはデ杯監督としてどこかで再会の日が来るはず。
Gracias y HASTA LA VISTA, Mariano! (お疲れさま、また会う日まで!)





ソースや参考リンクなど:
clipped from www.ole.clarin.com
La publicidad del programa anuncia a Zabaleta como "ex tenista". ¿Retirado? "Si voy a trabajar en la tele, no creo que pueda jugar al tenis", le contó Mariano a Olé. "No puedo confirmar que nunca más voy a volver a agarrar una raqueta, pero ahora no pienso en eso. Estoy contento con este proyecto. Probaré un par de meses para ver cómo me va", continuó Zabala. "La idea es que sea un deportivo, con reportajes, información y humor, algo con onda"
 blog it

今年1月のサバちゃんインタビュー記事から:
clipped from www.eleco.com.ar
“Estoy casi retirado”
Sentí que no estaba bien físicamente, tengo un dolor en el hombro desde hace un par de años y no tenía ganas de ir al kinesiólogo, fortalecerme y demás. Eso te va desmotivando, cansando mentalmente cuando pasan los años.
-¿Tenés en claro cuál fue el mejor momento de tu carrera?
-No, todos fueron momentos buenos. Estoy feliz de la carrera que hice, de lo que logré, de las amistades que me dejó el tenis. Es un momento de mi vida que no creo que se cierre ahora porque, más allá de que siga jugando o no, voy a seguir ligado a este deporte.
Es prácticamente un hermano para mí.
la verdad es que lo quiero mucho, es una de las mejores cosas que me dejó el tenis.
 blog it



以下、過去の観戦写真から:
[ 2010/04/05 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(2)

カニャス引退 (カニャスという選手についてのまとめ)

【追記】◆英文で引退会見の模様が出ていました。

clipped from www.asapsports.com

Guillermo Canas

 
Q. You've had too many operations?
GUILLERMO CAÑAS: Four in the wrist.
 
And the two good moments, just I had a lot of just -- you know, when I won the first challenger -- the first ATP was 2001, Casablanca. Really I dreamed to win one title.
But, you know, you never know when they gonna happen.
 
But then just another incredible moment was in Davis Cup when we were playing the doubles just to get up Argentina to the World Group after ten years in the second group.
 
But then just one simple moment to play, you know, to win that first challenger when I -- after I come back was maybe the same feeling or more when I win the first ATP title.
 blog it
[ 2010/03/28 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(6)

その後のデルポ【追記しました】

【追記その2
既出且つ「テニス動画」にも「デルポ@ペプシCM」としてアップしたものですが、ちゃんと見てみたらおもしろかったので(←記事にアップしても自分ではあまり見てないことが多い・・・)、また載せます。

身長198cmのデルポと、身長157cmのBuonanotteというサッカー選手が主演のペプシとLay's(ポテトチップス)のCMシリーズからのものです。どうやら、二人の中身が入れ替わってしまったという設定らしい。なので、見た目はデルポだけど、声はBuonanotteのものだし、コートでの振舞いもサッカー選手そのもので、審判を威嚇したり、大げさに倒れてみたり・・・。


追記その2終わり】


[ 2009/09/27 ]
【追記:ここ(tenissports.tv)に9月26日付動画がアップされたら、そこにデルポ特集があるはず。ジュニア時代の映像も出てくるらしい。
・・と思ってたら、YouTubeにアップされているのをFue Buenaで発見。



追記終り】


全米優勝後のデルポのあれこれ・続きの巻です。
この記事に限りませんが、スペイン語ソースからの情報なので勘違いなどある可能性あり。もしそういうことを発見したら、ご指摘いただけるとありがたいです。
[ 2009/09/28 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(7)

デルポトロ - Vamos a ganar!

◆動画 Del Potro rips through Nadal (brightcove.com、2:34)
今回の全米SF(vsラファ)後のデルポのオンコートインタビュー。
みんなが見たがっていたひさしぶりのラファvsフェデラーを阻止してしまったことを言われ、「Yes, I'm sorry.(そうだね、ごめん)」。これが大ウケ。


◆US Open: Juan Martín del Potro habla tras derrotar a Rafael Nadal
デルポ、ラファ戦後ESPNに語る



◆つい最近出たThe New York Times記事によると:

  • デルポ父は有名なラグビー選手だった。
  • 同じタンディル出身のサッカー選手Mauro Camoranesiと仲がいい。
  • タンディルには、デルポの一族が150~200人住んでるそうだ。
  • ブラッド・ギルバートによると、2年前のデルポのサーブは160キロにもいかないものだった。今はふつうに185キロ前後のサーブを打ってる。

そうなんです、私もデルポを初めて見た時には「まさか、このノッポがラファ以上のへなちょこサーブの持ち主だなんて・・・ いや、きっと肩を痛めているにちがいない・・・」と思ったものです。

clipped from www.nytimes.com

Town of Red Meat and Tennis Raises Another Star
 
Del Potro’s father had been a noted rugby player before he became a veterinarian.
 
Del Potro remains close with Mauro Camoranesi, a professional soccer player who grew up in Tandil.
 
He estimated that 150 to 200 members of his family still live in Tandil, and they all gather for celebrations when he returns.
 

“We love sports,” he said. “We prefer sports better than school.”

 
Gilbert remembered watching him at a tournament two years ago, and del Potro could not yet break 100 miles per hour with his serve. Now he routinely serves about 115 m.p.h.
 blog it


◆デルポを語る上で欠かせないのは、その出身地タンディル。

タンディルは、ブエノスアイレスから360kmのところにある人口11万人ほどの町。一時はタンディル出身のトップ100選手が4人いました。(デルポ、モナコ、Mゴン、そして現在は圏外だけどJunquaira) その4人全て(+サバちゃん)は、すべてMarcelo Gómez門下生。それぞれ長じて別のコーチについたけど、基礎はすべてGómezが築いた。

Gómezの教えは3つ:献身、謙虚であること、コートで全力を尽くすこと。遅刻したり、ラケット投げたり、おしゃべりが過ぎると練習に参加できず見学する羽目になる。そして、行儀良く、礼儀正しく、時間を守り、常に目標を持つことが求められる。


Marcelo Gómez(左)、デルポ、謎のヒト(たぶん臨時のフィットネストレーナー)
IMG_1054.JPG


【続きを読む】にあるのは、過去記事からコピーしたものです。(多少アップデートなどした部分あり。たとえば、新しいあだな“La Torre de Tandil(タンディルの塔)”とか、
公式サイトhttp://delpotrotenis.com/とか) 【9月22日追記:公式ではないんじゃないかとご指摘いただきました。ATPサイトのプロフィールを確認したら、このサイトのことは出てなかったので、ご指摘どおり公式ではなくファンサイトなようです。】
[ 2009/09/15 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(1)

癌から復帰したルカス・アルノルド - 【追記】デ杯にも復帰

ルーカス・アルノルド(74年生まれ)が、5年の年月を経てデ杯チームに復帰しました。
デ杯サイトに彼の記事があったので、去年1月の記事に書いてないことを中心に追記します。



2005年に10年間一緒だった妻と子供(3才)と別れる。その翌年2006年夏に精巣腫瘍(というのが睾丸癌の正式名?)とわかり手術。その後、癌が胃と肺に転移していることがわかり、6ヶ月間に渡って化学療法を受ける。この時期に妻とヨリを戻す。

テニスに戻ることはまったく考えてなかったそうだが、同じ精巣腫瘍から復帰したランス・アームストロングの本を読んで考えを変え、復帰を決意。Mariano Hoodやサバちゃんをはじめとするアルゼンチン選手たち(特にデ杯チーム?)だけでなくいろいろな選手たちがアルノルドの力になった。しかし、化学療法期間?にHoodが練習につきあうことがあったそうだが、アルノルドは2、3分もすると休まなければならなかったとか。

それでも、2007年8月にフューチャーズ大会で復帰を果たす。しかし、翌2008年1月に彼の母が長期闘病(鬱病)の末に他界。彼のテニス人生形成に大きな影響を与え、癌との闘いにおいても大きな助けになってくれた母だったこともあり、悲嘆のあまり周囲の人間につっかかるようになり、コートでもオフィシャルや対戦相手に攻撃的な態度を取る時期が続く。

2008年5月、ボルドーチャレンジャー参加中に宿泊先ホテルが火災に見舞われる。彼の妻子は逃げ遅れていたが、避難経路に迷っていたRatiwatana兄弟がその声を聞きつけて無事共に避難。

アルノルドは、母を偲ぶために彼女の名字Kerを正式につけ加えLucas Arnold-Kerとなった。(母Lindsay Kerは、アルゼンチンのジュニアチャンピオンにまでなった元テニス選手。父はアルゼンチンデ杯委員会会長を務めたこともある。兄Patricioも元トップ100選手。)



◆ソース、参考記事:
A victory for a man - and his team(daviscup.com、2009年3月)
Lucas Learns To Live Again
(atpworldtour.com、2008年8月)



Lucas Arnold Ker - Legionario de la vida
(vilasclub.com、Revista GRIP掲載記事、2008年12月)より:

Q:来年(2009年)は、デ杯に出られると思いますか?
アルノルド:「そうなるといいねえ。そのためにトレーニングしてるし、デ杯は一番大きなモチベーションのひとつなんだ」

Q:今、テニスコートに入る時、どんなことが頭をよぎりますか?
アルノルド:「まだ信じられない時もかなりある。いろんなことが起きたその後で、またコートに立つことができるなんて・・・。前よりもリラックスして、自由だ。今は、人生におけるテニスはpavada(ばかげたこと)みたいなものだ。以前は、負けるとクレイジーになってとても悲嘆にくれてもんだ。今は、もっと楽しんでいるよ」

clipped from www.vilasclub.com
   ¿Te ves jugando la Copa Davis en 2009?

Ojalá, me encantaría. Entreno para eso y es una de mis mayores motivaciones.

 

Hoy en día, cuando entrás a una cancha de tenis, ¿qué se cruza por la cabeza?

Muchas veces no lo puedo creer. Después de todo lo que me pasó, el poder estar en una cancha…Ahora juego mucho más relajado, más suelto. Ahora, el tenis, en la vida, es como una pavada. Antes perdía un partido y me volvía loco, me angustiaba mucho. Ahora lo disfruto mucho más.

 blog it





【以下、2008/01/21付記事】
[ 2009/03/05 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(10)

フェリシアノ・ロペスのインタビュー

またまたBrigitte登場。彼女、去年のウィーンでフェリにインタビューしたんだとか。そのインタビューを読ませてもらったらとても素敵だったので、全部ではないけどその大部分を私の和訳でご紹介します。

先日の記事にて既出ですが、麗しのフェリ
1C.Davis ESP-USA, Madrid, 20.09.08-3 048.jpg
Photo by Brigitte Urban

[ 2009/02/08 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(5)

Marc Lopezインタビュー(追記あり)

追記: 「スペインテニスの風…」というブログにかなりきちんとした日本語訳が載っていました: 
マルク・ロペスくんインタビュー@RadioMarca
英語経由で訳しているそうだけど、私が英語経由(グーグル翻訳)しても???だったところもちゃんと訳していらっしゃいます。



◆Marc Lopezインタビュー

世界ナンバー1ペアであるネスター・ジモニッチを下して、ラファとドーハでダブルス優勝を成し遂げたMロペ(←私はこう呼んでいる。時には「Mロペちゃん」とも)ことマルク・ロペスのインタビュー記事があったので、ご紹介します。
[ 2009/01/13 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(9)

デルポトロ

デルポとマレィの主な対戦:

  • Murray d Del Potro 6-0 6-1(全米2004ジュニア)
  • Murray d Del Potro 6-4 6-1(RG2005ジュニア)
  • Murray d Del Potro 5-7 6-4 1-2 ret.(ローマ2008)
  • Murray d Del Potro 7-6(2) 7-6(1) 4-6 7-5(全米2008QF)

デルポの連勝は23で止まりました。
出場大会連勝記録も4で打ち止め。
おつかれさま&すばらしい夏の陣おめでとう!

来週のランキングは15位になるようです。もちろん自己最高ランキング更新。

一方マレィは、ようやく大舞台に登場。
来週には4位になるそうで、4強時代に突入か!?という声もある。ポイント上では3強を追うグループのトップになっただけだけど、今回の戦いぶりを見れば納得できる。ただ、その4強(ラファ・ジョコ・フェデラー・マレィ)が定着するかどうか。今回のデルポ他そこに割って入る、または5強・6強時代にしちゃう力のある選手はけっこういますからね。(個人的には、ガト・・とは言わないからベルディフやモナコにそうなってもらいたいところ)
[ 2008/09/06 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(6)

デルポトロ

帰国後の談話に追記しました。(茶色部分が追記)


なまえ: Juan Martin Del Potro
あだな: Enano(ちび)、Palito(細い棒=やせっぽち) 、 Delpo
テニあれでの通称: いつのまにか「デルポ」になってました。
出身地: Tandil(アルゼンチン) ←モナコ、サバちゃんなどと同じ
コーチ: 今年2月か3月からフランコ・ダビン(ガトの元コーチ)



デルポ帰国後の談話などから:

新しいコーチ(フランコ・ダビン)とはとてもうまくいってる模様。(キッツでの会見で「雑音に惑わされずコーチとパパの言うことだけに耳を傾ける」とか言ってたらしい)

優勝しようとして優勝したのではなく、試合を楽しみ、また背中が痛まないように・・・ということを考えていたそうです。「勝つにしても負けるにしても、やれること・やるべきことをすべてやったという満足感を持って大会を終えたい」と。

シュトゥットガルト決勝前日はなかなか寝つけず、当日は朝食が喉を通らず、ほんのちょっとしか食べられなかった。選手としてもコーチとしても経験豊かなフランコが一緒でよかった。

武器はサーブ。体に負担のかかるフォームだったのを矯正して、以前より自然に打てるようになった。(キッツでは最速220キロくらい出てた) サーブはまだまだ良くなる余地がある。

今年前半は故障続きだったが、RGでボレリに負けた後「もうたくさんだ、これで終わり!、過去は過去!」と心機一転、シュトゥットガルトでボレリに勝ってからノッてきた。ここでボレリに勝ったのが転機だったと思う。(ボレリとは個人的にも親しいこともあり、余計にやりづらい)
そして、シュトゥットガルト決勝でガスケに勝てたことで大きな自信がついた。

ラファとはプレステだけでなくチャットなんかもする仲らしい。出会いは南アでのナイキジュニアツアー(デルポ12才、ラファ14才くらいの時)。もちろん、ラファは今回の優勝を祝福してくれた。

サバちゃんやモナコは、心からサポートしてくれる。ガスケとの決勝前にモナコと話したそうだけど、モナコは「落ち着けよ、誰かに何かを証明しなきゃいけないわけじゃない、初めての決勝なんだから楽しむんだ、(賞品の)クルマのことなんか考えないで・・・」などと言ってくれたとか。(モナコは、自分の初めての決勝では勝てなかった)

モナコと話したのは、決勝前夜じゃなくて決勝2時間前だったみたいです。
「僕が成し遂げたことをうれしく思っている、今を楽しめ、賞品のクルマのことは考えるな、と言ってくれた。でも、センターコートにクルマが飾ってあるのが目に入るのでクルマのことを考えるなというのはむずかしかった。彼のコトバは心がこもっていて、役に立った。彼のアドバイスに忠実に従ったから落ち着いてプレイできた」

(デュッセルドルフで開催されるWorld Team Cupについて)
「ピコ(モナコ)と、ボクたちのどちらかがアルゼンチンのナンバー1になって、タンディル人だけのチームで参加したいっていう夢があるんだ」
[注: タンディルには、この2人の他にMゴン(76位)、Junqueira(105位)という選手がいる。2人の夢が叶った暁には、やはりタンディル出身のサバちゃんがチーム監督になるんじゃないかと・・・]






【続きを読む】には「デルポの歩み」、最近のデルポ動画、談話のソース  [ 2008/07/25付 ]


[ 2008/07/27 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(4)

ちょっとほのぼのした話

モナコの欠場によりウィンブルドン本戦入りしたのはアルゼンチンのBrian Dabul(24歳、今週のランキング116位)。
あまり見かけない名前です。が、しかし、彼はジュニア時代にはナンバー1にもなったことあり。(年間ランキングではなく、瞬間ランキングだと思いますが)

Brian Dabul:

「欠場届け〆切まであと2、3時間という時に、僕はalternate(補欠)の5番目だった。『ダメだ、くそっ』と思ったよ。本戦に入れなかった時のためにイタリアのチャレンジャーにエントリーしておいたんだけど、ほとんどあきらめかけた」


モナコの欠場は周知のことだったようですが、正式な欠場手続きはまだでした。

「フアン(モナコ)がつかまらないって言われた。どうにか彼に電話連絡がついたら、たった今メールで欠場の旨伝えたところだと言われた」


彼にとっては初めてのグランドスラム出場。

「期待してなかったので、グランドスラムに出られてうれしい。エリートの集うテニスの殿堂だ。すばらしいことだ。」


初GSだから5セットマッチ未経験、さらに芝大会出場も初めて。

「だいじょうぶ。ポイントが短いからクレイほど疲れないし。ひょっとしたら、芝があまり得意でない選手と当たって(1回くらい)勝てるかもしれない。チャンスを活かさなくては」


今週はBraunschweigチャレンジャー(クレイ)に出場中で、まだ勝っている(木曜日に2回戦)。

「ここ(Braunschweig)で調子良く勝ち進むと芝への移行がむずかしくなるだろう。でも、この大会は大切なんだ。うまくいけばトップ100に入れるんだ。全力で臨むよ」



将来、孫に「おじいちゃんはウィンブルドンに出たんだよ」って言えるね。


【続きを読む】には、ソース記事クリッピング
[ 2008/06/19 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(4)

オルナ、がんばっておるな

ぺルーに帰国したオルナはひっそりと目立たないように空港に降り立ったらしいけど、とある若い女性がオルナを見つけて「オルナがおるなっ」・・・じゃなくて「ルイス・オルナよっ!」と叫び、ファンや報道陣が押し寄せて大騒ぎとなったそうです。

何てったってぺルー人として初のGS優勝。もう、ヒーローです。国会の本会議に呼ばれて功績を讃えられ、記者会見。国内最高のスポーツ栄誉賞も受賞となった模様。


【続きを読む】には、そんなオルナの姿が見られる動画や写真が掲載された記事へのリンク
[ 2008/06/15 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(2)

バモ用語の基礎知識

2013年6月追記
★http://www.nadal.com/en/Portada

2009年6月追記
★クスクスとアリサ(チリペースト) フェレロ社製
 http://www.arcane-jp.com/products/d/couscous.html
 「最近は東京でもヤマヤ道玄坂店やカルディ等、クスクス粒を売っているお店で安価で購入可能。300円位。」とのこと(ブログ「フレンチ日記」の「フェレロのアリッサ HARISSA FERREROクスクスに必需品!」という記事より)


<改訂版 (テニあれで使われる)選手名について>
テニあれ初心者のためにサイドバーにも載せることにしました。
ほかにも「◯▽□って何?」「◯▽□というのもあるよ」というのがあったら、お知らせ下さい。

【追記】以下の選手名(あだ名)は[ 2008/06/11 ] の時点でのもので、その後変動があります。(特にコーチなど)【追記終わり】

あ行
アヒル=ロディック
王者=(たいていは)フェデラー



[ 2008/06/11 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(9)

モナコ@ダブルス

モナコは、割とよくダブルスに出る。ごくたまに「家庭内別居夫婦」みたいな組合せもあるけど、たいていは仲良しと組んでいる。去年あたりまでは、出来る限りサバちゃんと・・・ということだったけど、そのサバちゃんがATP大会に出られないランキングになってしまった。今後は、機会があればMゴンサレスと組むんじゃないだろうか。(Mゴンはまだチャレンジャーをメインに回ってるのでそうそう頻繁に組めるわけじゃないけど)

今年のダブルスは、やっぱりMゴンと組んだのが一番多くて、全豪・ビニャデルマル・アカプルコそしてバレンシアの4大会。その他の大会では、オルナ・アカスソ・スタラーチェなどやはり仲良したちと組んでいる。
ちなみに、主にフューチャーズを回っていた時代(~2003年)には、山本哲弘・杉山記一などとよく組んでいた。



■今年の主なダブルス戦績

  • バレンシア・ダブルス決勝
    Gonzalez/Monaco
    d Parrott/Polasek 75 75
  • ビニャデルマール・ダブルス決勝
    [4] Acasuso/Prieto d M Gonzalez/Monaco 61 30 ret. (Monaco - left ankle)
  • オークランド・ダブルス決勝
    Horna/Monaco d Malisse/Melzer 64 36 10-7


■バレンシア優勝後のセリフ

モナコ: 「今シーズン2つ目のダブルス優勝は、とてもうれしい。このタイトルを親友Maximoと取ったというのが、さらに特別だ。僕たちは5歳の時に知り合って以来、ずっといいいい友だちなんだ」

Mゴンサレス: 「初めてのATPタイトルはものすごくうれしい。だけど、ピコが言ったように、僕たち2人で勝ち取ったものだから余計にうれしい。ビニャデルマールでは、決勝まで進んだのにピコが足首を捻って棄権しなきゃならなかった。だから、また一緒にプレイして、今度は優勝できてうれしい」



■タンディル
モナコの出身地タンディルは人口10万人ほど。モナコが兄とも慕うサバちゃんの他に、デルポ、このMゴンサレスJunqueira(この2人はチャレンジャーを主に回っている)、と、アルゼンチン有数のテニス選手産出地。例のコンニチハ・トレーナーも(当然その息子ナチョも)タンディル出身らしい。そういえば、去年のRGでは、予選にも出てなかったはずのJunqueiraがモナコの試合を見てたっけ。
マヨルカほど大物揃いではないけど、数ではタンディルの方が勝ってる~



●アルゼンチン・メディアから、ダブルス優勝写真: 
 http://www.minutouno.com/ 


clipped from www.atptennis.com
Monaco/Gonzalez Capture First ATP Title Together
 

"I'm extremely happy for my first ATP title, but as Pico (Monaco) said, even happier for the fact that I've won it with him," said Gonzalez. "In Vina del Mar, we were playing the final and Pico had to retire after twisting his ankle. So I'm happy we had the opportunity to play again together and win the final this time."

 

Monaco added,"I'm very happy with my second doubles title of the season. To win this title with my good friend Maximo makes it even more special. We have known each other since we were five years old and have been very good friends ever since."

 blog it
[ 2008/04/24 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(0)

ナルちゃん基金と呼ぶのかどうかは不明だけど、ナルが慈善基金設立 + ラファ基金 + ナルvsサンプラス

<追記2>ラファ基金関連ニュースにラファ動画を追加しました。

<追記1>
●動画 International Polo Club Palm Beach: Nadal v Nalbandian
ナル基金プレゼンテーション以前に先頃マイアミで行なわれたエギジビイベント(ラファvsナル、ほか)の模様。asado(アルゼンチン風焼肉(バーベキュー)。友だちとかを招いてワイワイガヤガヤやりながら食べるのが本来の姿・・・と私はイメージしてます)の様子も出てます。

NADAL AND NALBANDIAN RAISE MORE THAN $50,000 FOR CHARITY AT INTERNATIONAL POLO (上記イベントの写真満載)

動画はsuzi23が、写真記事はmamasueがVB.comフォーラムに投稿したものです。Thanks, suzi23&mamasue!



人妻と密会するナル(写真)

・・・って、この女性はアルゼンチン大統領Cristina Kirchnerじゃないですか~~~~~! いや、これって、ひょっとして密会なんかじゃなくて、公の場でのこと? (←アタリマエ。いくらナルでも・・・) 

どうやら、ナルが自分のチャリティ基金プレゼンテーションの後で大統領府を訪問した時の写真らしい。


●Nalbandian presentó la fundación que lleva su nombre
ナル基金プレゼンテーション



"Llegué con lo justo"
基金プレゼンテーションのナル写真+デ杯秘話・・というほどではないけど、ナルの脚の具合が100%ではなかったことについて。
多少の故障があっても3日間フル出場できたのは、去年から体力増強に努めてきた成果だろう、とナルのフィットネストレーナー。

ナル語る(写真)

●ラファやリオスとのエギジビを企画・・とか書いてある(気がする)記事があったんだけど、(リオスはともかく)またラファとやるのか? 別の記事で、ラファ基金とも協力していきたいと言ってたので、そのことかな?



●そのラファ基金関連ニュースもあります:
 La Fundación Rafa Nadal e Iberostar, codo con codo(ラファ写真あり)
ラファ基金がIberostar基金と正式に提携することになり、その調印が行なわれたようです。(ラファ基金発足当時からここと提携していくとは言っていた) 

参考過去記事: ナダルに突撃質問
参考動画:

参考サイト:
 Aprenum Junts (Iberostar基金の活動のひとつ?) 



●ナル基金の公式サイト(英語):

●ナル公式サイト:
http://www.davidnalbandian.com/es/






ついでなので
先日おしらせしたナルvsサンプラスの公式サイトが出来てました:
http://www.desafiodemaestros.com/
(最初のアニメーション動画(?)、町が揺れているのでナルが歩いているのかと・・)

製作サイドにBESTという会社があって、そのHPにはクライアントとしてテニス選手がズラーーッ:
http://experiencebest.com/
選手のマネージメントもしてるのかな? それともマーケティング?


ポスター
clipped from www.genteba.com.ar
 blog it



ATPサイトの記事を追加
clipped from www.atptennis.com

"En Miami hablé con Rafa (Nadal), con el que soy muy amigo, ya que él lanzó su propia Fundación hace pocas semanas. Espero que podamos realizar tareas en conjunto", afirmó Nalbandian, quien adelantó que está próximo a concretar una participación conjunta con Marcelo Ríos.
 blog it
[ 2008/04/17 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(2)

モナコ、大丈夫です!

追記: デ杯初日(アルゼンチンvs英国)の放送を見ていた人によると、モナコは元気にチアリーダー役をこなしてたそうです。


モナコがデ杯チーム練習の陣中見舞いに現れました。

故障は思ってたより軽く、順調に回復中。 (靭帯の部分断裂であることには変わりないようですが) 包帯はしてるけどもう軽く走ったりしていて、火曜日には練習再開の予定。ブエノスアイレスに出る可能性もあるようで、様子を見て(検査もして)、日曜(本選開始前日)に出場するかどうか決めるとのこと。


無理しないでよ~と思うけど、その点は心配しなくても大丈夫なようです:

モナコ: 
「気分は上々だ。だけど、こうやって練習を見て、彼らと話したら、自分を殺しちゃいたくなってきた。デ杯に出たかったなあ・・」
「もし90%の状態であればブエノスアイレスには出ない。100%でなければ無理はしない。アカプルコはポイントの高い大会だし、そこで復帰するのも悪くはないと思う。あと200ポイントあれば、夢のトップ10入りなんだ」
「決勝進出直後・デ杯直前に怪我なんかしちゃって残念だけど、この埋め合わせをする機会がいつかやってくるって思ってる」


現在10位のベルディフとのポイント差は165。もっとも、モナコは来週ブエノスアイレスでディフェンドするポイントがたくさんあるので、トップ10への道はもうちょっと遠くなるかも。焦ることないんだけどね。


■画像 肩揉みさせられるモナコ
 肩揉みさせているのは・・・マエストロ。

■画像 セミ・ちょんまげなモナコ





ソース:
 "Veo todo esto y me quiero matar" 写真あり
 Mónaco tiene a Buenos Aires en la mira(裏ATP)


(【続きを読む】には、モナコの知られてる過去@シュトゥットガルト2004写真)
[ 2008/02/09 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(3)

フェリの俳優デビュー

コメント返しみたいな書き出しのわかりづらい記事だったので、ちょっと書き直しました。


フェリことFeliciano Lopezがスペインの人気TV番組"Los Serranos"にゲスト出演しました。(彼が出演したエピソードの放映予定は3月初旬)

Los Serranosはスペインでも視聴率トップ3に入るフェミリー・ソープ番組で、フランス・ポルトガルでも放映されているそうです。。
番組サイトに動画があるし、YouTubeにもアップされているようなので、私たちも彼の迷優ぶりを見ることができそう。ふふふ・・・笑う角には福が来るといいますから、春から縁起のいいことです。


本業(フェレールの代打でデ杯に出場する件)について、フェリ語る: 
「キャプテンは僕とベルダスコのダブルスを継続させると思ってたから、デ杯に招集されなかったのは意外だった。でも、今回はクレイだからね。それにアルマグロがデ杯デビューするいい機会だ。次の対戦では(また僕とベルダスコの)ダブルスに戻るんじゃないかな」


フェリが本業(←もちろんテニス)で忙しくなって、TV出演どころじゃなくなることを祈ってます。ま、AIGオープンに来たついでに日本のTV番組に出るのは歓迎だけど。

それじゃ、早速フェリへの出演依頼を・・と思ってるそこのTV業界の方へ一言:
フェリは2枚目(←二流というイミではない)テニス選手であって、お笑いタレントじゃありません。笑いも取れる2枚目、という線でお願いします。



演じているフェリの写真を見て笑ってしまうのは私だけ?:

フェレールの代打は役者・・・とか書かれてるし~

De actor a sustituto en la Davis

 
El parte del doctor Ángel Ruiz-Cotorro señalaba que el alicantino sufría "una contractura severa a nivel de la unión músculo tendinosa del gemelo interno con el tendón de Aquiles de la pierna izquierda. Esta lesión requiere entre cinco y seis días de reposo y de tratamiento con anti-inflamatorios antes de una nueva evaluación".
 
"Me sorprendió no estar en el equipo porque esperaba que Emilio diera continuidad a nuestro doble con Fernando Verdasco. Pero tampoco quiere decir que esa no sea la idea del capitán ya que es otra superficie, tierra, y era una buena ocasión para que Almagro debutase en la Davis. Creo que el doble volverá en próximas eliminatorias".
 blog it
[ 2008/02/03 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(8)

サバちゃん@GRIPインタビュー

アルゼンチンのテニス雑誌GRIPにサバちゃんのインタビューが出ていました。観戦友Corinaがサバちゃんファンサイトで英訳してくれたものから、興味深かったところを日本語に訳してお届けします。



サバちゃん: 「1年くらい前からギターを習い始めた。ガストンと先生とね」

そういえば、ガトが「Soda StereoよりStingがすごい」とか言ってた記事にギターを習ってるって書いてあったような。目指せ、テニス界のThe Police! 

サバちゃんは、彼の年代のアルゼンチン選手としては初めてインドアシリーズに出場したんだとか。(当時の(=以前の?)アルゼンチン選手はインドアなんかには出なかったらしい。サバちゃんにしても、コーチが出ろというから出たんだそうだ。)
インドアに限らず、サバちゃんのキャリア初期にはツアーのトップで活躍しているアルゼンチン選手がいなくて、(ちょっと上にスキリャリがいる程度、かな?) 戸惑うこともあったようです。

サバちゃん: 「テニス界でのベストフレンドはガストンで、いつも彼と一緒だ。チェラとも同じさ。(中略) ピキート(モナコの愛称)はずっと年下だし弟みたいなもの。面倒をみてやって、いつもそばに置いて。。」

ガトとサバちゃんは8歳の時からのつきあいで、今やテニスを離れても一生の友だち。2人ともあちこちで「僕たちは友だち」とくり返し言ってます。

Q: 外国の選手では誰と仲が良いですか?
サバちゃん: そうだねえ、ティム・ヘンマンとはとてもいい関係だ。たいした人間さ。コートでは渋い顔してるけど、すごくおもしろいヤツなんだ。

Q: あなたのサーブを真似したことがあるとか?
サバちゃん: そうだ、年がら年中僕のことを真似してたよ(笑)。で、一度僕が怒ったことがある。試合のそれも接戦の最中に僕の息づかいを真似始めたんだ。本当にアタマにきて、彼をネットに呼びつけたよ。試合の後ロッカールームで彼が謝って、それですべてOKさ。

確かに、サバちゃんってボールを追いかける時に独特な息づかいをするんですよね。うぇっ、うぇっ・・・と声が出て、不謹慎な観客が真似するのを見たことがあります。

Q: 数ヶ月前、フアン・モナコにプレステトップ5は誰か質問しました。彼は最初あなたをリストアップしたのに、後であなたを除外しました。どう思われますか?
サバちゃん: (笑)実際のところ、もう今はプレステはやらないんだ。以前はビョーキだったけどね。ガストンやオルナとさ、お金を賭けてやったもんだ。ピコがまだ存在しなかった時代のことだ。ランキングを知りたいかい? 1位はモヤ。彼は"Winning Eleven"という雑誌を買って研究して、何でも練習する。あんなにクレイジーなんだ、彼が1位なのも当然さ。2位はフェレール。3位はナルバンディアン。4位がピコ。で、5位はナダルだな。僕はもう3年プレイしてないから。

モヤったら、そんなに研究熱心だったとは・・・!
というか、モナコが4位でラファが5位って、ずいぶんモナコの言ってることと違う。真相や烏賊・・・いや如何に!?
そして、ガトのプレステの腕前はいかがなものなんでしょうか??? サバちゃん、正直なところを聞かせて~





ソース:
  • GRIP(アルゼンチンのテニス雑誌)
    取材はサバちゃんの自宅で行なわれたそうですが、この写真は・・・お風呂で撮ったんですか~~~!? ガト編もどうぞよろしく、>編集部様
  • Exclusive interview in GRIP tennis Magazine(サバちゃん・ファンサイト掲示板)



[ 2008/01/18 ] 選手 バモ族 | TB(0) | CM(0)

...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。