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ドルゴポロフ Jr. - 全豪QF進出記念追記

【2011年1月26日追記】


◆写真リンク
http://www.dreamstime.com/searchkwy_oleksandr-sasha-dolgopolov-jr.-%28ukr%29(2007年)



◆1993年、4歳だったドルゴポロフは、当時のトップ選手メドベデフに大きな影響力があった。

下記のDlogopolov=マレィと全豪QFを戦ったドルゴポロフのパパ=当時のメドベデフのコーチ
下記のSasha=マレィと全豪QFを戦ったドルゴポロフ(の愛称)
Wimbledon '93: Moping Medvedev blames his loss on tangled love match: Ukraine's rising star struck down by Cupid's arrow as French opponent takes advantage to reach third round
Friday, 25 June 1993
Dolgopolov's absence deprived Medvedev of another calming influence in the shape of the former's son, Sasha, who has a remarkable influence on the player despite being only four and a half years old.
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メドベデフが「今日は実についていた」とスピーチすると、彼のコーチの子供であるサーシャが走り出てきてハイファイブをした。このサーシャは、メドベデフの「おともだち」で、「幸運を運んでくる。自信を与えてくれるんだ」そうだ。
メドベデフによると、サーシャは彼のアイドルでとてもウマが合う。精神年齢が同じくらいなんだとか。

August 23, 1993

His coach's little boy, Sasha Dolgopolov, came out to high-five him after Medvedev told the crowd, "I had so many good luck today."

Sasha, he said, is his "body." (Buddy.) "He gives good luck. He's a confidence-giver."

Later, he said, "Sasha, he's my idol." They get on so well, he explained, "because he's almost the same age with me mentally."

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メドベデフ「彼(サーシャ・ドルゴポロフ)はいつだってアクティブなんだ。信じられないよ。自分もそうだったらいいなと思う。今日みたいな日、目覚めると筋肉痛で、今日は決勝なんだと思い出してちょっとナーバスになる。そんな時朝食で彼に会うと、幸せそうに笑ってるんだ」
August 23, 1993

A touching moment came when Sasha Dolgopolov, 5, came on the court to exchange a high-five with Medvedev after his victory. Sasha is the son of Alexander Dolgopolov, Medvedev's coach. Medvedev said Sasha keeps him energized: "He's always active. It's unbelievable. I wish I could do it. In the morning, like today, I woke up sore and knew I had the final and was nervous a little bit. And he comes up at breakfast and he is smiling and happy." Two is enough
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◆my pics過去記事「ドルゴポロフ vs デバッカー






[ 2010/05/12 ]
ドルゴポロフ(Alexander Dolgopolov)の父はテニスコーチ。(ちょっと前までATPプロファイルページの名前にJr.がついていた気がするけど、トップ100入りしたことだしということなのかいつのまにかJr.が消えていた)

1993年のRGで、ドルゴポロフ父がコーチをしていたメドベデフ(当時18才)が SF進出を果たします:

R4 Andrei Medvedev d. Marc Goellner  6-4, 6-4, 4-6, 6-3
QF Andrei Medvedev d. Stefan Edberg  6-0 6-7 (3-7) 7-5 6-4
SF Sergi Bruguera d. Andrei Medvedev  6-0 6-4 6-2


4 回戦当日の朝のひと時を、メドベデフはサーシャ(Dolgopolov Jr.の愛称,当時4才)と過ごします。パパがコーチしている選手が大きな大会で勝ち上がるということが 4才児にとってどんなインパクトがあるのか私には見当がつきませんが、サーシャはメドベデフにこまっしゃくれたことを言います。

メドベデ フ:

「彼(サーシャ)は、Goellnerは疲れているに違いない(注:R3が4時間近くかかった)と言い、おそらく僕が3セットで勝つだろう と 言い、さらにもし僕が疲れていなくていい調子でプレイしていても、僕のことを精一杯応援すると言ったんだ」

「いい気分だ。子供っていうの は、朝起きたらいつでもハッピーで、正しい種類のインスピレーションを与えてくれる。特にボクたちテニス選手にはね。彼の言うことを聞いていると、それは時に --- いや、時にじゃなくて彼の言うことの90%はとても参考になるし、ナイスなんだ。だから、彼が今日僕に言ったことは、本当にちょっとした自信を与えてくれ た。彼はまるでエネルギーの一部みたいだ、だって彼は --- 彼はエネルギーそのものだ。もてあますほどのエネルギーの持ち主なんだよ。だから、彼はそれを良い方向でもって他の人間に与えるんだ。僕は彼が大好きさ」



そしてQF当日の朝食での会話:

サーシャ:「シュテファン(Edberg)にはシュトゥットガルトで勝っているから、今日も勝てる」
メドベデフ:「ああ、もちろん」
サーシャ:「ブルゲラは心配しなくていいから。彼には3回勝ってるじゃないか」
サーシャ: 「クーリエはタフだな。だけど、可能だよ」
メドベデフ:「・・・どうもありがとう。そんな風になったらいいなと思うよ・・・」





◆メドベデフとの逸話ソース
clipped from www.nytimes.com

"He thinks it is beautiful that I am winning, and he actually told me a smart thing before the match," Medvedev said. "Really, that is what he said: He said that Goellner must be tired and he said that I probably will win in three sets, and he said even if you will not be tired, even if you will be playing well, he will be cheering for me like crazy.

"It is a great feeling, because the kids, they wake up in the morning and they are always happy, and they give the right kind of inspiration, especially to us, to the tennis players. Listening to him sometimes can be - I mean, not sometimes, but 90 percent of what he says is so helpful and so nice, that what he told me today gave me really some confidence. He is like a portion of energy, because he is - he is the energy itself. He has so much of it that he doesn't know where to spend it. So he gives it to the people in a nice direction. I like him very much for sure."
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clipped from www.nytimes.com


But he still gets advice from Sasha, the 4-year-old son of his coach, Aleksandr Dolgopolov. "He told me at breakfast that we have already beaten Stefan in Stuttgart, so we will win today," said Medvedev. "And I said, 'Yeah, sure.' And then he says, 'Don't worry about Bruguera, you beat him three times.' And the last thing he said is 'Courier is tough, but it is possible.' And I said, 'Thank you.' "

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http://articles.latimes.com/1993-06-04/sports/sp-43128_1_tennis-french-open




◆ニューナルバンディアン!?

緩急自在のプレイやラリー(車のレースのこと)好きからド ルゴポロフJr.のことを「ニュー・ナルバンディアン」だと云う人もいるらしい。
しばらく怪我していたらしく、頭角をあらわすのが遅れた 模様。
天才のカテゴリーに入るタイプみたいだけど、よくあるパターンで集中力にモンダイあり。

ATP のプロファイルによると、ニックネームは「ドルゴ」。(ツアー仲間からはドルゴと呼ばれ、家族や友人からはサーシャと呼ばれているのかな?) 趣 味はカーレースやインターネットゲーム作成で、インターネットゲーム作成では実際にお金を貰えるくらいの腕前らしい。・・・
おもしろいテニス関連 ゲーム作ってくれないかなあ。人生ゲームのテニス選手バージョンとか。

clipped from bleacherreport.com
I play a game which is pretty hard. I don't prefer one or two strokes, I use almost everything I know. [I] don't have a particular favourite shot or game [plan]. My tennis is mostly improvisation, so I would like to improve in all my tennis game, no exceptions.
A. Roland Garros, I grew up on clay.
Dolgolpolov's quick serves, with the ball hit in his ascendant phase, add varieties and unpredictability to his game and let him realize many easy points.
For this reason, and also for his passion for motor car races, specifically rallies, he's been defined "the new Nalbandian".
He can play both two-handed and one-handed backhands.
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◆マドリッドR1 セッピ戦の動画:




◆私が見たドルゴポロフJr.

去年のサンマリノチャレン ジャーで、とてもおもしろい対戦を見ました:

端正なオール ラウンダー・デバッカー
(88年組、集中力に難あり、208位、前週チャレンジャー初優勝)
vs 
破天荒なオールラウンダー・ドルゴポロ フJr
(88年組、集中力に難あり、210位、前週チャレンジャー初優勝)

当時はただ単に興味のある選手同士の対戦だから見てミルカと思ったんだけど、こうやって比べてみるとさらに興味深い対戦だったことに気がついた。西日がガンガン照りつける場所で見るしかなかったので、 ちょっと見たら引き揚げようと思っていたんだけど、おもしろくてついつい最後まで見てしまいました。結果は:

(SE)Alexander Dolgopolov d. (SE)Thiemo de Bakker 0-6 7-6(8) 6-4

この大会後、デバッカーは3大会連続でチャレンジャー優勝。

Dolgopolov Jr.。なんかすごいポーズを撮っちゃった気がするけど、そのままこーゆーヒト。
DSC06766.JPG
DSC06997.JPG
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↑2 枚目はクレイジーダニとのツーショット。この日だか後日、スタンドで一般客に混じってクレイジーダニの試合をジーーーッと見ているのを発見。今年のバルセ ロナでも、自分の試合がいつ始ってもおかしくない時間にスタコフスキーだかの試合を見てました。テニスが好きなのか、それとも友情に厚いのか・・・?



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[ 2011/01/26 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(8)

Philipp Petzschner

Philipp Petzschner
84年3月24日生まれの26才
あだ名:「Petzsche」あるいは「ピカソ」


ペッチュナーには8才になる子供がいる。17才の頃はキーファー以来のドイツ期待の星と言われてた。(以上、ソース

2001年にはWBジュニアSF進出、でも2002年WBジュニアQFでは芝はお初のラファに負け、2003年シュトゥットガルトでもラファに負ける。シュトゥットガルトの時はスペインとドイツの同年代対決とドイツメディアが盛り上がったのをよく覚えている。←当時の私はrafaelnadal.com常駐のラファファンだったし、ペッチュはその前月にデンボスでチェック済みの選手だったので、記憶が鮮やか。



◆2003年のペッチュナー(my picsより)

当時もう子持ちだったのね・・・
Rosmalen(デンボス) 2003
Philipp Petzschner

デンボス2003でセブとフルセットやったワカモン。サーブアンドボレーヤーでなかなかのキャラクターと見た。翌月シュトゥットガルトでラファと対戦 - メディアによっては同い年対決と盛り上がって?いたんだけど、今ATPでチェックするとPetzschnerは84年生まれ。

旅をし、女の子にもてるためにテニスをする・・・なんて言ってた。
全然芽は出ず、去年あたりチャレンジャーレベルのダブルスでChristopher Kasと組んでちょっと活躍してたくらいしか記憶にない。
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◆ドイツ期待の大型新人だったはずが・・・全然芽が出ませんでした。↑の切り抜きにあるように、チャレンジャーのダブルスで時々活躍してた程度。才能はあるけど、努力ができないタイプだったらしい。

ボリス・ベッカーにこんな風に言われちゃうし:
Boris Becker

"Philipp Petzschner is the best example of what is wrong with German tennis."

"Two years ago he was the best junior in the world and played Rafael Nadal at Wimbledon. Just look where Petzschner and Nadal are now." (Petzschner's #297 in the world)

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◆2006年ウィンブルドンで昔の知合いであるコーチKlaus Langenbachに再会し、「29才になって190位というのはいやだから、方向転換したい」「よし、やろうじゃないか」ということになる。



◆さらに、この2006年にはもう1人重要な人物に出会う。故障で世話になったドクターWerner Krassである。ドクターの「君はスポーツマン(の体)じゃないね。僕の元で5週間リハビリをすればスポーツマン(の体)になれる」という言葉に従い、朝6時起きをして体作りに励んだ。
(このあたりの話は、http://www.tennismagazin.de/deutsche_szene/detail.php?object_id=21000&class=30から)



◆翌2007年、4月から2ヶ月半ほど故障でOUTだったが、全米でついにブレイクする。

US Open 2007 (予選から本戦入り)
R1 Petzschner d. Becker  26 36 64 64 61
R2 Haas (10) d. Petzschner  46 63 62 75



◆9月にはデ杯SFでデ杯デビュー

Petzschner/Waske (GER) d Tursunov/Youzhny (RUS) 63 36 76(4) 76(5)
Youzhny d Petzschner 64 64 36 63



◆2007年のランキングは、年初313位 → 自己最高158位を経て年度末185位



◆ちょっと飛んで、2008年秋、東京にて

この年は雨ばっかりで、ペッチュの1回戦は観客なしのコートに移されたはず。イチコケだったので、結局試合は見られなかった。
が、しかし、貴重な写真をゲット♪
左から加藤純(今はジュニアのコーチなどをしているそうです)、???、ペヤ、ペッチュナー、ノウル
IMG_5264_2.JPG

あら、見事に身長順に並んでたのね~
加藤純らしき人がこの人たちとたむろっているのが目に入ったので、加藤君を知っているおともだちを経由してお願いして撮らせていただいたものです。
IMG_5265_2.JPG
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ペッチュナーの公式サイトから:

Q:スポーツ選手でなかったら?
A:ロックスター

とても縁起かつぎをするタイプ

Q:お守りなんかは?
A:妻からの贈物のネックレス

A:ボクと同じ位クレイジーなDukeという名前の小さい犬を飼っている

趣味はゴルフ、ポーカー、音楽

Q:無人島に持って行く3つのもの
A:家族は別として、ウィルソンとフライデーとロビンソークルーソー。(注: ウィルソンは「キャスト・アウェイ」とかいう映画の登場人物?、フライデーは「ロビンソンクルーソー漂流記」の登場人物)

Q:また会ってみたい人物
A:ファルコ

F1カーを運転してみたい

Q:今までで一番素敵な思い出
A:ボクのGFがプロポーズにYESと答えてくれた時

Q:引退後は?
A:ゴルフキャリアの始まりだ

Q:モットーは?
A:ただ生きること
(注:別のページでは「狂気」がモットーとか言ってる)
(以上、http://www.philipp-petzschner.de/de/ueber-philipp/privatから)


テニスアイドルはゴラン・イバニセビッチ
ニックネームはピカソ 常に天才と狂気の狭間にいる
時計蒐集を始めたけど、高い~
ギャンブラー ルーレットにポーカーに何でも
フレディ・マーキュリーは天才だ
車はBMWのX3
(以上、http://www.philipp-petzschner.de/de/ueber-philipp/philipps-abcから)



◆Biofileから

テニス界のピカソ

それはペッチュナー!

ペッチュナーのあだ名は"Petszchy"または「ピカソ」。「ピカソ」というのは、コート上での彼が天才とキチガイの紙一重だかららしい。
Toughest Competitors: "I would say for me it would be Fabrice Santoro. Because we have a similar kind of game. But he plays maybe a little bit smarter from time to time. I think the toughest one at the moment is Rafa for sure."
「ピカソ」というあだ名は日本のニュースで既出でした。
でも、「天才肌」なだけじゃなくて「クレイジー」な面も持つということは書かれていませんね。それから「地道に腕を上げた」というのもちょっと違うのでは? どこかで、今年から本気でテニスに取り組み始めたって読んだ気が・・・。
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[ 2010/07/04 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(2)

RIP

RIP=requiescat in pace(ラテン語で「安らかに眠れ」)
 
Federico Luzzi
1980年1月3日、イタリアのArezzoに生まれる
2008年10月25日、フィレンツェにて永眠。享年28歳。



ルッ ツィというと、テニス界の悪役Koellererを殴って出場停止を喰らったこととか、テニス賭博(八百長ではなく)が見つかって出場停止という出来事が思 い出される。

Koellererを殴った件については、各方面から「よくやった」という声があったという話。テニス賭博の件は、同じく出場停止を喰らった他 のイタリア人選手たち同様、ATPが見せしめ - または賭博に厳しい対応をしてますというポーズ - のために重箱の隅をつついたような印象がある。

私がルッツィについて知っていたことは、上のふたつだけ。亡くなって初めて彼がみんなからかなり愛されていたらしいと知った。

ATP Pro Federico Luzzi Passes Away(ATP)には、フェデラーの言葉があった:

"I want to offer my condolences to his family. I knew Federico since 15 years old, a long time. It’s very tragic and sad to hear the news. He was a very entertaining player. I always loved to watch him. Unfortunately we did not play against one another on the tour, but I will remember him as a nice and funny guy. I think that is most important."

そう、ルッツィはフェデラーと同じ世代。ジュニア時代には14歳以下のワールドチャンピオン、16歳以下のヨーロッパチャンピオンになるなど華々しい活躍だったようです。(追記:ボロテリ・アカデミーにいたらしい) 同じくジュニアとして活躍してたロクスとは家族ぐるみで親しかったらしい。



12 月21日、そのルッツィを偲ぶ“INSIEME PER FEDERICO”というイベントがありました。テニス界からはセッピ、スタラーチェ、ボランドリ、ブラッチアリ、フォニーニ、ペネッタ、ビンチ、サンタ ンジェロ、スキアボーネが参加し(最後の4人は女子)、エキジビ試合も行なわれました。

このイベントは先頃設立されたルッツィ基金主催。ルッツィ基金の活動を通じて得られた収益金は、イタリアの白血病などのリサーチ機関に寄付されるそうです。






はじめて見にいったローマ大会で「あ、自分のネーム入りウェア着てる~」と、おもしろがって撮った写真
PICT0195.JPG
Rome 2006


Todiチャレンジャーでは、ガトとも対戦した。
IMG_0622.JPG
Todi 2007
[ 2008/12/29 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(6)

Hrbaty & Federer

フェデラーの1回戦後のインタビューより:

Q:ドミニク(ハルバティ)が隣に座った時、驚きましたか?

フェデラー:うん。見ると彼がいて、隣に座ってもいいかと聞いてきた。もちろん、かまわないよ、席はあるから・・って答えた。:-)
僕たちは長いつきあいなんだ。よく一緒にダブルスに出た。練習もよく一緒にした。彼は、どんな風に練習したらいいかなどということを教えてくれたりした。ツアーに出たばかりの頃の僕はちょっと脆弱だったからね。あまり激しい練習はできなかったし。だから、彼はどうやったらいいのか教えてくれた。いつか練習で彼を負かすことができたら、たぶん僕はナンバー1になるだろうっていつも言ってた。まさにその通りになったよ。いつでも楽しくやってきた。彼は、これが最後のウィンブルドンになるかもしれないと言ったんだ。だから、ちょっと感傷的だった。彼がそうしてくれてとてもうれしかった。



そんなふたりの様子が映ってます:
■動画'Fun' first-round victory for Federer(BBC)


clipped from www.wimbledon.org

Roger Federer def. Dominik Hrbaty 6-3, 6-2, 6-2

 
Q. Did it startle you a little bit when Dominik suddenly sat next to you?

ROGER FEDERER: Yeah. I looked over and there he was. He asked if I could sit next to me. I said, Sure. There's no problem. There's an extra seat (smiling).

We go way back. Used to play doubles together. Used to practice a lot together. You know, he taught me also a little bit how you're supposed to practice because I was a little bit weak in the beginning of my, you know, men's career and everything. I couldn't practice real hard, so he sort of showed me how it works. He always said if I ever beat him in practice I'd probably be No. 1 in the world. That's exactly how it went. We've had always good fun together. He said it might be his last Wimbledon, so it was almost a little bit emotional. So it was quite nice he did that.
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[ 2008/06/27 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(0)

新・伊達公子 「陽は再び昇る」

伊達公子さんがプロとして復帰するそうですね。
いいニュースなので、目についた記事を貼っておきます。



ロイター(英語版)に出ていた伊達公子の言葉から:
「現役時代最後の2、3年はテニスがイヤでした。世界中を1人で転戦するのが楽しめませんでした。だから止めて、テニスから距離をおいたのです」
「大会に(WCで)出場して若い選手の可能性を奪うようなことはしたくない」



これは、伊達さんのブログから:
clipped from ameblo.jp

プロテニスプレイヤーとして

 

まず1つ、大切なメッセージをお伝えしたいと思います。

「復活」ではないということです。

 

真剣勝負のテニスコートに立ち

今、世界を目指している日本人プレイヤーと戦うこと

 

「今だから出来ること・やるべきこと」と自分の中で感じたのです。

 

1つ目には

「テニス界に感謝」

そして2つ目は

「世界のトップで戦える日本人が早く育ってほしい」という願い。

と同時にプレイヤー達に刺激を与えたい。そしてテニス界の活性化。

3つ目は

 

私自身、「チャレンジ」することが好きだと言うこと。

 

 

今の現役プレイヤー、そしてこれから世界を目指すプレイヤーたちに

私だからこそ伝えられるものがあるのではないか

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ロイター(英語版)から:
clipped from uk.reuters.com

No "Rocky"-style comeback for Japan's Date

 

"The last few years of my career I hated tennis," said
Date. "I didn't enjoy traveling around the world and being
alone. So I stopped and I distanced myself from the sport.

 
"I don't want to be getting (wildcards) into events and
taking the place of younger players. That wouldn't be right."
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ウィキペディアから
clipped from ja.wikipedia.org

伊達公子

 
日本人の女子テニス選手として、史上初の世界ランキングトップ10入りを果たした
 
シングルス自己最高ランキングは4位
 
本来は左利きであるが、子供の頃に日本の習慣に従って右利きに直された。
 
伊達は「ライジング・ショット」の名手として、世界的にも有名な選手であった。これは、相手の打ったボールが自分のコートでバウンドした直後の上がり端を打ち返す、非常に高度な技術である。世界トップ選手へと躍進し始めた頃の伊達は、当時のテニス界で“ライジング・サン”(Rising Sun)と呼ばれたという。
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ウィンブルドン1996 伊達vsグラフ(その5)
1996 Wimbledon Kimiko Date VS Steffi Graf2-5(5)


【続きを読む】にその4~その1
[ 2008/04/07 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(0)

サフィン・インタビュー

サフィン公式サイトにインタビューが出ていました。ふだん見にいかないのでよくわからないのですが、サイト管理人がモスクワでインタビューしたものみたいです。

色々なことを考えさせられる内容だったので、訳してみました。

あれこれと私が思ったことも書きたいんだけど、ちょっと感情的になりすぎてるのでやめときます。

とりあえずヒトコトだけ: Vamos, Marat!


[ 2008/04/06 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(6)

錦織圭の歩み@テニあれ

2006年の観戦写真を追記します(2012年): http://reiko.smugmug.com/Players/Kei-Nishikori-RG-2006/18625624_XCVz2x


追記:
TENNIS STORY(kids-tennis.com)に、錦織圭(13歳?)の動画が追加されていました:
http://kids.webfukuoka.jp/movie/kt3_mov/nishikori.html





以下、3月15日付元記事です。

今話題の錦織圭を、「テニあれ」や「テニスニュースあれこれ」や「あれこれ」ではどのように追ってきたか、過去記事からのコピペで振り返ってみます。(話が見えやすいように一部に変更・追加あり) ・・・全然チェックしてない時期・大会もありますが。



ところで、
言霊効果の素晴らしさと恐ろしさ:

★「順調に成長して、いつかATP大会で彼を応援できる日が来るかな?」(2006年06月07日 付)

★「そういえば、錦織圭が米国でがんばってるそうですね。来年にはヨーロッパのどこかでまた応援できるかな?(そういう時に限ってモナコとかガトと当たったりして~)」
 (2007/07/29付)


ヨーロッパじゃなくてマイアミだったけど、ガトと当たるし・・・ モナコとは当たってないけどディエゴと当たったし・・・・・
春クレイは、私のオキニたちと当たるのを避けながらがんばるように。オネガイ。




    
[ 2008/03/17 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(10)

なんとなくサフィン

何となく目についたサフィン動画です。


■萨芬(2分ちょっと)
なんだ、パンツ穿いてたのね・・・
もうちょっと大きい画面で・・という方はこちらから:
http://you.video.sina.com.cn/b/2455620-1238218941.html



■澳网万人为萨芬齐唱生日歌曲(5分)
サフィン@全豪2004?、QF後のインタビューbyマッケンロー → ♪ハッピーバースディ、マラト♪斉唱
非常に荒い映像なので小さい画面で。



■Marat Safin(4分半)
これもしばらく前のものですね。
http://you.video.sina.com.cn/b/10484952-1255746672.html




【続きを読む】には、ラファの試合動画@ベルシー2007(vsナル、バブリンカ、バグダティス)へのリンク。試合丸ごと、あるいはセット丸ごとくらい見られるようです。
[ 2008/03/14 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(5)

錦織圭の@Project 45

ちょっと古いですが、サンノゼ優勝後の錦織圭インタビュー(ASAP)から。


Q: あなたには【Project 45】というニックネームがあるそうですね。ボロテリ・アカデミーでは、あなたが日本人最高位ランク選手になることが目標だ(からそういうニックネームがついた)とか。(訳注: 現在の所松岡修造の46位が日本人最高位ランクらしい) で、あなたとしては、45位以上が目標ですか、それとも今の所やっぱり45位ですか?
錦織圭: ええ、今の所45位です。でも、将来はトップ10あたりになりたいです。



Q: トップ10入りが目標だということですが、何年くらいかかると思いますか?
錦織圭: 5年の内には・・と願ってます。



Q: ロジャー・フェデラーからメールまたは電話が来るんじゃないかと期待していると聞きました。そしたら「将来はあなたを負かします」と言うつもりだとか。もうロジャーから連絡がありましたか?
錦織圭: いえ、ありません。(訳注: あるいは、「そういうことを言うつもりじゃない」という意味かも) でも、この5年の間には、彼を負かすことができるよう願ってます。



Q: ロジャー・フェデラーからセットを取ったんですか?
錦織圭: ええ、でも練習試合でしたから。





■動画
Kei Nishikori def Marcus Sarstrand(ダラス・チャレンジャー2008、たぶん試合全部見られます)
Nishikori & Sarstrand Interview (インタビュー、ダラス・チャレンジャー2008)
(有料): ダビド・フェレール VS 錦織圭 (AIGオープン2007 前夜祭公開練習)
(有料): 錦織圭 VS ザック・フライシュマン  vol.1
(有料): 錦織圭 VS ザック・フライシュマン  vol.2



■松岡修造ブログから:
2008/02/22 『錦織圭 2-6,4-6 アンディ・ロディック
2008/02/21 『圭、1回戦突破!
2008/02/19 『圭、優勝おめでとう!
2008/02/18 『錦織圭が優勝!!




【続きを読む】にはインタビューのソース
[ 2008/03/10 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(0)

ピムピム引退

引退に至る経過を簡単に:

2005年の初めに肩の調子が悪くなってから、同年7月の初手術を含め3回手術をした。
(2005年2月に自己最高ランキング9位達成)
最近のMRI検査により、右肩に常時炎症があり、いわゆる「野球肩」だということが判明。
2、3週間練習して大会に出ることは可能。ただし、肩の使い過ぎになるため、大会後にそれ以上の期間休まなければならなくなる。

ピムピム: 「そういうことを考慮すると、自分の目標に到達するのはむずかしい。そういう理由により、このままチャレンジを続けるのは不可能(という結論に達した)」
「これが、この1ヶ月ほどで出た結論だ。新しいゴールをセットするけど、何が起ころうともテニスは続ける」


丸3年間、肩の故障と戦ってきたわけですね。しかも、9位になった前後からだったとは。。。
残念な結果になってしまったけど、第2の人生が素晴らしいものになりますように。おつかれさま&ありガト~ 
(ねりせんさんが前にコメントなさったように、思わぬ医学の進歩で第一戦に復帰するという可能性だってなきにしもあらず)


PS 上から下までヨネックスだったのに、結局一度も有明には来ないで終わっちゃったね。



■記事  Joachim Johansson Forced to Retire (ATP)

■記事 "Pim-Pim" lägger av med tennisen (スウェーデン語)

■上記記事掲載動画
Pim-Pim talar ut med SVT Sport
ピムピム、引退について語る(たぶん音声のみ)
Bakgrund om Pim-Pim
短いけどピムピムのハイライト(ロディック戦とか)、ちょっとだけどトレーニングの様子なども映る。
Pim-Pim förklarar sin hårda serve (1/9-07)
ピムピム、サーブについて語る。(コートで身振り手振り)

■動画 Blygsam comeback av "Pim-Pim"  (「ピムピムの束の間のカムバック」??)
既出@2006年7月過去記事

■古い話ですが、「Pim Pim」という洋服のブランドを出すという話があったんですね。どうなったのかな?

THE popular Johansson does have something to look forward to despite yesterday's disappointment, revealing he was set to launch a luxury clothing brand in Sweden bearing his nickname "Pim Pim".

 blog it
[ 2008/02/03 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(2)

世界で一番バモなイスラエル人 - Erlich/Ram

全豪ではまったくいい所なく終わっちゃった南米勢。
でも、実はほんのちょっとだけどGS優勝を成し遂げたんです。

男子ダブルス優勝者Erlich/Ram(イスラエル)は、実は「隠れバモ」。
Erlichはアルゼンチン、Ramはウルグアイで生まれ、幼少時をそこで過ごした彼らはスペイン語ペラペラ。当然南米選手たちともamigo(ともだち)です。

Erlich:「このダブルスタイトルの20~30%は南米のものだ。いつだって僕の心の中にはアルゼンチンが、そしてアンディ(Ram)の心の中にはウルグアイがあるんだから」

うれしいじゃないですか! 遠慮なくいただきますとも。ありガト~☆ (賞金も分けてくれる?)

Dos "sudamericanos" ganaron el dobles de Australia
「全豪優勝のふたりの『南米人』」(by バモなESPN)
最後にはマテ茶なんぞ一服。南米人だね~





ついでに、Erlich/Ram関連ニュースを。
彼らはドバイ@UEA(アラブ首長国連邦)出場を考えていて、ビザ申請中だとか。

ちなみに:
イスラエル国籍者はUAEへの入国は出来ません。また、パスポートにイスラエルへの旅行暦がある人も同様に入国できません。
(http://www.hoteltravel.com/jp/uae/dubai/guides/travel_tips.htm)

こういう国での国際的スポーツイベント開催ってどうなのさ?という話もあったりするけど、Erlich/Ramはこの件には政治や宗教は持ち込みたくないとのこと。


彼らの全豪優勝者インタビューから:

「GSで優勝できるって信じてた。本当に信じてたんだ。だから、イスラエルや世界中でそのことについて語ってきた」

「うん、それは僕たちのツアーにおける目標のひとつだ。僕たちは常にイスラエル・アンバサダー(大使)の1人だって思ってきた」

「イスラエル大使(在オーストラリア)が、僕たちはイスラエルの最良のアンバサダーだと言ってくれた」

(ドバイ出場について)
「安全だと思ってる。セキュリティについてはATPがちゃんとやってくれるだろう」


イスラエルでは全豪の放送はまったく予定されてなかったそうですが、途中で急遽彼らとShahar Peerの試合の放映権を買って全国に放映されたそうです。

優勝、おめでとう!


【続きを読む】以下にはソース記事のリンクとクリッピングがあります
[ 2008/01/31 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(0)

ジョコビッチについて私が知っているいくつかのこと 


ジョコ
Roland Garros 2006



1987年5月22日、ベオグラードに生まれる
(仲の良いマレィは同年5月15日生まれ)

86年組出世頭ふたりも誕生日が近いのは偶然か:
 ナダル6月3日生まれ
 ガスケ6月18日生まれ

現在の居住地:モンテカルロ

ニックネーム
 Nole, Nox, Nokia 
    一般的にはNole。
 日本では「ジョコ」が定着しつつある模様。

ジョコの両親はレストラン(ピザ&パンケーキ)「Red Bull」を経営。
1991年、そのレストランの隣にテニスコートができる。(ジョコ父はテニスコートが隣に作られることを拒むこともできたようだが、OKを出した)
早速4歳のジョコがそこのテニスクラブに通い始める。

ジョコ父・おじ・おばはプロのスキー選手だった。ジョコ父は息子がスキー選手またはサッカー選手になることを望んでいたが、幼少時からテニスの才能を発揮したジョコはテニスの道へ。

12歳までJelena Gencicの指導を受ける。
その後、ミュンヘンのNiki Pilicのテニスアカデミーへ。
ミュンヘンではテニスだけでなく、学業にも励む。
(母国語であるセルビア語の他にドイツ語と英語に堪能)
ジョコ曰く「Education is so important for life.」

現在のコーチはMarian Vajda(2006年6月~)。
その前のコーチがRicardo Piatti(ルビチッチのコーチ。2005年夏~)だったこともあり、ルビチッチやアンチッチと親しい。

7日しか誕生日の違わないマレィとは12歳の時にフランスの大会(Petits As?)で出会って以来のつきあい。

プロ転向は2003年。

2005年度をトップ100選手中の最年少として終える。
(ちなみに、2006年度最年少トップ100はデルポトロ)

2006年度をトップ20最年少選手として終える。



★12歳までコーチだったJelena Gencicは、モニカ・セレスのコーチだったこともある。

ジョコビッチ:
「彼女(Gencic)の言うことには何でも従った。彼女は繰り返し繰り返し、僕にはナンバー1になる才能があるって言ってた。僕は彼女の言うことを信じた。そして今でも信じている」



★ジョコビッチ:
「僕はテニスに人生を捧げている。そうでければ成功はおぼつかないだろうから。」
「もし僕が毎日友達といっしょに学校に通っていたとしたら、プロとしてやっていけるだけの成功はなかっただろう。たくさんの時間、たくさんの練習、たくさんのエ ネルギー、コートやコート外でのたくさんの要求に対応することが必要だから。それが僕の人生で、自分で選んだんだから文句は言わないし、後悔もしない。時 には練習したくない日だってある。だけど、完璧さを求めるなら、人生における目標 ー  僕の場合はナンバー1になること ー を達成したいなら、できることすべてをしなければならない」



★昨年12月の記者会見より:
「僕の目標は世界のベストになること。急ぐ必要はないけど」
「僕は19歳で、トップ20選手の中では最年少だ。ロジャーフェデラーと互角の勝負ができる可能性がある選手の1人だと見なされているのは知っている」
「あと10~15年間プロとしてやっていき、ある時点でナンバー1になりたい」
「手始めに、来季はトップ10に入り、そこにとどまりたい」
「上位選手たちとの対戦成績が良くないのは確かだけど、敗戦から学んだし、今後の対戦のためにたくさんの経験を積んだ」
「来年グランドスラムに優勝したいとは思うけど、まだまだ道のりは遠く、そういうことをやってのける機会がやってくる前にまだまだたくさん練習・経験を積まなければならないことはわかっている。」
「フェデラーの時代がどれだけ続くかわからないけど、あまり長くないことを願う。若い選手たちのニュージェネレーションが台頭してきていて、僕もその一人だからね。」






ジョコ
Roland Garros 2006



★今回のインディアンウェルズ&マイアミでウッドフォードにボレーなどを見てもらっていたジョコ。今後も機会があれば客員コーチのような立場でチーム・ジョコに参加してもらいたいようです。
さらに、あのマッケンローにもラブコールを送っているという話もあり。

マッケンロー:
"If I had to make my bets now, I'd say these two (マレィとジョコビッチ)have a good chance of finishing in the top eight and qualifying for the Masters Cup." [今年3月の発言]







<ソースなど>
Djokovic breathes a lot more easily
 http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/tennis/article586411.ece)

The Players’ Player -- Novak Djokovic
 http://www.tennis.com/print.aspx?id=64332


FEATURE-Serbian teenager Djokovic is thinking big
(Reuters、Dec 4, 2006 - リンク切れ)


Djokovic joins the name game in search of high-profile accessories
 http://www.timesonline.co.uk/tol/sport/tennis/article1593768.ece?print=yes

全米2005インタビュー
 http://www.asapsports.com/show_interview.php?id=22513)

ジョコビッチ公式サイト:
 http://www.novak-djokovic.com/english/ 
 動画が充実しています。(ページ下にあるメニューバーのMultimedia、またはページ左下のVideosから)









1
[ 2007/04/03 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(4)

ジョコの日記

ジョコの日記から:
(あちこち省略したり端折ったりしてます)




テニスの話はこれくらいにして ;-)
たぶん知ってるだろうけど、アナ(イバノビッチ)をびっくりさせようと,彼女のサイトに観戦記を書いた。彼女にも他の人にも評判がよくてうれしい。ジャーナリストの才能があるとまで言われた。テニスやめてジャーナリストになちゃうかも:-)

インディアンウェルズは砂漠で、テニス以外することがない。僕がいい成績を残せたのはたぶんそのせいだ;-)  (以下略) 

マイアミは全然違う。何回か夕食に出掛けてナイトライフも経験した;-) 
プレイヤーズパーティは新しくオープンしたナイトクラブで開かれた。プレイヤーズパーティっていうのはふつうはつまらないんだけど、今回はよかった。赤い絨毯がしかれていて、30人ものパパラッチが写真を取り続けるんだ。オスカーみたいにね;-) 

僕は、入口のところでカメラにポースとったりインタビュー受けてる選手たちにあーだこーだ言ってやった。彼らはスターなんだから少しは元気づけてやらないとね。そこにJJ(Jelena Jankovic)がやってきた。真っ赤なドレスでキメて、注目の的さ。コトをよりおもしろくするために二人で入場しようってことになった。さっそく、つきあってるのか?とか聞かれた。あのさ、どうして僕たちの友情を壊そうとするんだい! 楽しくやろうっていうだけなのに;-)

会場はすごく混んでいて、音楽はウルサイし、話すことも踊ることもできなかった。有名なモデルとかもいて、ここに書きたいこともいっぱいあるんだけど、やめておく。マスコミに悪用されるかもしれないから。






ソース
Novak Djokovic's Diary     (Miami,  24th March 2007   19:45)
 http://www.novak-djokovic.com/english/

GG日記とちがって、ちゃんとソースあり(笑)



[ 2007/03/30 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(2)

ツルスノフ、デ杯のあの瞬間の真相を語る

ATPサイトの「ツルスノフがあなたの質問にお答えします」コーナーが更新されていますね。
ツルちゃん好きだけど、読んでるヒマないわ(ヒマだけど)・・・と思ったものの、気になるトピックが取り上げられていたので、読んでしまいました。ついでに一部簡単にご紹介します。



質問 動物は好き?
答 フワフワしたもの
は好きだよ。ま、主にネコとか。ハリネズミも。今年は赤ちゃんコアラとワラビーをイイコイイコする機会があったんだけど、やつらも実にかわいいね。もっとも、ワラビーのやつは撫でてるときにウン○なんかしてくれたけど。かわいくないっ!かわいくて噛みつかないものは、何でも好きさ。



☆現在好きな作家:Zoshenko 



質問 ディミトリー、デ杯勝利のあとでチームメイトにクチビルにキスされるのってどんな気分だった?

答: 複雑だった。決勝に勝ったときのためにキスは取っておくつもりだったんだ。だけど、僕が勝った後イゴールがコートに駆け寄ってきて、彼の金色の巻き毛が宙を舞うのを見た瞬間、僕の耳にアバの「ダンシング・クィーン」が響き渡ったんだ。とてもロマンチックだった!!! 聞こえるのは「ダンシング・クィ~~~~~ン・・・」だけ、そして時が止まった!僕たちはクチビルを合わせ、僕は全身でめまいを感じ、宙を浮いているような気がした。
Mark Wahlberg なら僕の言おうことがわかると思う。お金じゃ買うことの出来ない感覚だ、「Anybody could be that guy~♪(誰だっていいのさ) Night is young and the music's high~♪(夜はこれから、音楽が鳴り響き) With a bit of rock music, everything is fine~♪(ロックさえ流れていれば、すべてOK)」 あの後、また5セットマッチをやることだって出来たよ。「Only seventeeeeen Feel the beat from the tambourine(まだ17才、タンバリンのビートに乗って) オー、イェーーーーイ」





<ソース>
Check Out Dmitry's Latest Mailbag    (February 13, 2007)




<追記>
Tenista russo abre jogo sobre beijo na boca
ロシアのテニス選手が激白!と、ポルトガルのサイトに取り上げられたのかな。キスシーンの写真付き。
[ 2007/02/16 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(5)

サフィンの運命論!?



SAP OPEN(サンノゼ)のサフィン電話インタビューが出ていました。
31日付なんだけど、サフィンはモスクワだそうです。(誕生日にチリ行きの飛行機に乗ったんじゃないのか?)

サンノゼでのデビューは2月13日(火)午後7時30分だそうです。

私にとって一番興味深かったサフィンの性格について語られている部分をご紹介します。特に目新しいことを言ってるわけじゃないんですが。また、(私の翻訳力がないといえばそれまでですが・・・)サフィン、言ってることがよくわかんないぞっ! ということで、サフィンのワケわかんないサフィン節×私のワケわかんない翻訳なので、英語苦手な方でも原文読んだ方がわかりやすいかも。



Q マラト、あなたの性格とあなたのテニスへの取組みについて語ってください。
サフィン: またかい?

Q あなたの性格とあなたのテニスへの取組みについて語ってください。
サフィン: うーん、わかんないな。僕は自分が生きたいように生きなきゃならないんだ。それが僕で、他人が僕のことを好きじゃなくても構わない、だけどそれが僕の考え方だし、僕のあり方なんだ。自分じゃ判断できない。?他人が僕をどう見るかなんじゃないかな・・・(云々)??・・・ だけど、自分の生き方については、かなり満足してるよ、それが僕なんだ。

Q オーストラリアでだったと思うんですが、あなたにとってはナンバー1になるより普通の人間でいることの方が大事だと言ってましたね。本当ですか?
サフィン: そうなんだ、僕は自分の人生を生きたいんだ。(ナンバー1になるとかならないとかは)問題じゃないんだ -− もちろん世界ナンバー1になりたい。でも同時になりたくもない、僕は自分の人生を楽しみたいんだ。
だから、もしそれが運命なら、それが運命さ。6年前は運命だった。だから自分の人生を生きることは何も間違ってないのさ、僕が世界ナンバー1であることをどうとらえるか(?)、そしてほかの人間が −− テニス界やスポーツ界には色々な性格の人間がいる。だから、みんな違う見方をするのさ。
だから、もちろん、僕がもう一度世界ナンバー1になりたいというのは(云々)。僕の場合、一度はナンバー1だったことがある。だからまたそれを達成したいんだ。 






サフィンインタビュー(SAP OPEN MEDIA CONFERENCE January 31, 2007)より

Q. Marat, could you describe your personality and your approach to tennis?

MARAT SAFIN: Again?

Q. Could you describe your personality and your approach to tennis?
MARAT SAFIN: Well, I don't know. I have to live how I want to live. That's how I am and it doesn't matter if people don't like me, but it's how I see the world, how I am. I couldn't judge. I think it's more for the people and for the (inaudible) for them to judge how they see me. But the way I'm living, I'm pretty satisfied that's how I am. Or is it somebody likes it, it's good; somebody doesn't like me, I have nothing to worry about.

Q. I think you were quoted in Australia as saying that it's more important for you to be a normal person than to be number one. Is that true?
MARAT SAFIN: Well, I want to live my life. It doesn't matter -- of course I want to be number one in the world. But I don't want to also, I want to live and enjoy my life.
So if it's fate, then it's fate. It was fate six years ago. So it's nothing wrong about it, living my own life, how I see it with being number one in the world and just some people -- there's a lot of different personalities in the world of tennis and the world of sports. So everybody sees it a different way.
And I see it this way and differently, of course, that I want to become number one in the world again. In my case I was already. So again I would like to do that.



♬ Whatever will be,♪ will be♪(なるようになる)ってことでしょうか。




おまけ

ブレイク・インタビュー SAP OPEN MEDIA CONFERENCE January 26, 2007より

BILL RAPP: I know you played in the warmup before the Australian, you beat Moya in the final, drew him in the first round. Any interesting conversations or happenings with that?
JAMES BLAKE: Yeah. Funny, we actually -- when we played the final on Saturday night, we decided that since we're playing Saturday night, we probably have to play Tuesday in Melbourne, we should get there as quickly as possible. We decided to charter a plane together. We flew together that night and just got out of there.
We finished the finals, both did our press, showered up, went to the plane together. Me, my trainer, my coach. Him, his trainer, and coach. We jumped on the plane together, had an hour and a half ride over to Melbourne, then had to do it all again on Tuesday.
It was interesting. It's a situation that's very unique. It doesn't happen very often I don't think on tour. Generally the two guys in the finals are seeded, so they're not going to play each other first round next week. It was real interesting.
(シドニー決勝のあと、モヤ・チームと一緒にチャーター機でメルボルン入り
It's also a very difficult situation, or it was a difficult situation for me to win the first one and then you feel like you're playing a guy that's playing -- I really felt like he was playing top 20 or top 10 tennis. 本当に彼(モヤ)はトップ20かトップ10のテニスをしてたと感じた。 To go in there against a guy that probably now has no pressure because he lost the last one and can be very dangerous, to stay focused, be able to win again. I was real proud to beat such a great player for a second time.

Q. You and Andy seem different in a lot of ways. How would you describe your relationship?
JAMES BLAKE: We're probably different in a few ways, but we're great friends. He's the one that's a little more temperamental at times. I'm a little calmer. He really is a great guy. I'm happy for all the success he'd had. I'm proud of him.
I mean, he's a little younger than me, but in certain ways I look up to him in the fact that he was the No. 1 American for so long and really did it without the help of a lot of us. He was doing it alone. Dealing with all the pressure of the post Sampras and Agassi era. Dealing with all that kind of pressure on his own was very impressive. (ロディックがサンプラス・アガシ時代の後、長い間たった一人で米国ナンバー1としてありとあらゆるプレッシャーと戦ってきたのはすばらしい)
He's actually come to Tampa to train with me a few times. I've been to Austin. Did an exhibition there in the off-season. We ended up hanging out with him for the whole night. We get dinners on the road together a lot of times. We're just really good friends. We play cards together. We do anything on the road. We hang out all the time.
デ杯について Davis Cup, it makes it so much more fun to play Davis Cup because we get along so well. We're always kind of the same mind at Davis Cup. We know we're in it together to bring home a trophy hopefully one of these days. To have that feeling with a guy that I'm really friends with, I really do enjoy his company, would mean so much to me because we both really -- as much as we possibly can for any kind of tennis match live and die for those Davis Cup matches. Those are the ones that we're most proud of when we win, and those are the ones that sting the most when we lose.
We can see that in the locker room. When I come in the locker room after a loss, or he comes in the locker room after a loss, that's a time when that guy really needs to be picked up. I have done my best to pick him up every time he's lost in Davis Cup, and he has done his best to pick me up after I've lost in Davis Cup. That's something I think we'll both remember forever.

Q. What would you say makes him a great guy?
JAMES BLAKE: He's very generous. He's a genuinely nice guy as well. He cares about other people, not just himself, which is amazing given the success he had at such an early age. A lot of times that can lead to people sometimes feeling like the world revolves around them, that they deserve everything that's coming to them. But he really does appreciate when others care about him. He's loyal to friends he's had for a long time. He's loyal to Davis Cup. He's just overall a nice guy and also extremely generous. I can't count how many dinners he's bought me or times he's sent a gift out of the blue. Just generally a good guy.
I don't know. It's tough to describe what makes someone a good guy. He's just really nice.

ロディックをほめまくる—何度もご飯をおごってもらっているという要素が大きいに違いないと推測されます(笑)

[ 2007/02/03 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(4)

サフィン・インタビュー

全豪直前(開始直後)のサフィン・インタビューから:

「手首と膝の故障で、テニスをやめようかとも思った。以前のレベルに戻れるかどうかわからなかったから。それに、もしトップ10に戻れる(訳注:jugar diezmado=トップ10と渡り合える、という意味か?)可能性がなかったら、続ける意味がないからね」

「ラファはすごいとは思うけど、フェデラーの方がより才能がある」

「フェデラーには全仏に優勝するだけの力はある」

(マレー、ジョコビッチ、ベルディフなどの若者がトップ10を脅かすかどうか)
「誰かに賭けなきゃいけないとしたら、ベルディフ





<ソース> 
Marat Safin: "Federer tiene más talento que Nadal"(AS、1月15日付)
*¿En los últimos cinco años, con tantas percances físicos, ha pensado en colgar la raqueta?
Sí, pensé en dejarlo con lo que me pasó en la muñeca y la rodilla. Simplemente, no sabía si volvería a ser el de antes y, para jugar diezmado, no tenía sentido continuar.
*¿Nadal le tiene comida la moral a Federer?
A Roger le viene un poco mal el juego del español. Pero, con todos mis respetos para Rafa, Federer tiene más talento.
*¿El suizo ganará algún día a Nadal en Roland Garros?
Lo importante es tener la base para hacerlo y él la tiene seguro.
*¿Los jóvenes como Berdych, Djokovic o Murray son rivales potenciales para el ‘top ten’?
Si tengo que apostar por alguien, me quedo con Berdych.
[ 2007/01/24 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(2)

サフィン語る

オークランドは今週ずーーーっと雨に祟られています。決勝がはじまらない。クーヨンが始まっちゃうからそちらを見るか。。。 (←見るのはミルカじゃなくて、フェデラーとロディック! その前にサフィンvsマレィ♪)



オークランド決勝を待ってる間に見つけたサフィン記事をご紹介します。

The Age紙に「Yoyo from Moscow(モスクワのヨーヨー男)」というサフィン記事が出ていました。おもしろかったのでご紹介します。(サフィンの発言を中心に、記事の流れにそって適宜訳しただけです)





(サフィンvsフェデラーの試合後、ラウンジでの通りすがりの会話)
Q: フェデラーとサフィン、ふたりがベストの調子だったらどちらが勝つでしょう?

フェデラー: うん、彼(サフィン)だな。
サフィン: もちろん、僕さ。



ツルスノフ: もし(サフィンが)ナダルのようにテニスだけに集中できたら、うん、ナンバー1になってるよ。」 
"If (Safin) had Nadal's focus and tunnel vision about tennis, yeah, he'd be No. 1."

サフィン: うーん、僕は辞めるだろうね。だってさ、きっと退屈しちゃうよ。僕はナダルのような人生を送りたいとは思わないし、ナダルだってたぶん僕のライフスタイルは気に入らないだろう。とにかく、僕は何のためであれ、自分のライフスタイルを変える気はまったくない。たとえ何年にも渡るナンバー1の座と引きかえであっても。僕はただ普通の人間みたいに生きたいんだ。僕は、、なんて言うんだ?視野狭窄には陥りたくないのさ。そういうのは楽しめないと思う。残念なことに、僕には絶対に無理だ。そういう風になったことがない。そういうのは僕じゃないんだ。
"Well, I would quit, because I would get bored," he said. "I don't think I would like to have the life of Nadal, and Nadal maybe doesn't like my lifestyle, but I would definitely not change my lifestyle for anything, even to be No. 1 in the world for many years. I just want to live like a normal person. I don't want to be as — how you call it? — tunnel-vision. I would not enjoy it. Unfortunately for my mind, I could never do that. I never did it. It's not me."



(引退までにあと5回優勝したいそうだが、そこにGSが加わるかどうかにはあまり自信がないようだ。彼の才能からしてGSふたつというのは妥当だろうか?)
サフィン: もっと取れたかもしれないし、もっと少なかったかもしれない。(中略)だけど、今の僕が僕だ。僕はハッピーだし、自分の人生に本当に感謝してるよ。
"It could have been better, could have been worse, so I don't know if I would do some things different if it would never click in my life and I would not become a tennis player — or also, another side, I could maybe be a bit better. You never know. But I am where I am, I am happy and I am really thankful for the life that I have."



サフィンは、引退については何も具体的に考えてはいないけど、引退した後も、何らかの形でテニスに関わっていきたいようです。で、体型維持のためにもシニアツアーに出る可能性大? 



「普通の」人生を送りたいので、子供は引退してからだそうです。

サフィン: まず、ふさわしい女性を見つけなきゃいけない。ふさわしい女性というのは、支えになってくれ、そして理解を示してくれなければならない。このごろじゃ、そういう女性を探すのはとてもむずかしいけど。」
"First, I have to find the right woman," "The right woman needs to understand how to be supportive and understanding. It's pretty tough to find the right one these days."



(有名であることについて)
サフィン: そうだね、いろんな(好きな)ものがタダで手に入るね。
"Well, it gives you a lot of things for free, and I like them."



お金とは?
サフィン: 選択の自由
"It means freedom of choice."



モスクワにいる時にはまだママが洗濯をしてくれるそうですが、料理はやればできるんだそうです。料理がいやなのではなく、食器洗いがいやなんだとか。

サフィン: だけど、僕は家族もちじゃないし、GFもいないし、BFもいないし子供もいない。だから家で夕飯を食べないんだ。いつも友達とレストランにいくのさ。
"But I have no family with me, I have no girlfriends, I have no boyfriends and I have no kids, so I never have dinner at home," "I'm always eating with my friends at a restaurant, so it's a special life and I'm enjoying it."



サフィン: 若いときには、しちゃいけない間違いをたくさんしちゃうんだ。だけど、ある年頃になると、試してみたいことがあるから間違いをおかすんだ。つまり、次々と間違い、また間違い、そしてまた間違いを繰り返すのさ。
"Yeah because when you are young, you make a lot of mistakes that you shouldn't make but at a certain age, you do make because you want to experience some things, and so it happens you make mistakes after mistakes after mistakes,"



サフィン: で、僕もいろいろなことを考えて・・・これから2、3年はテニスに徹底的に打ちこみたい。本当だよ。僕はずっと自由で、何をするのも自分の自由なんだ」
"So now I figure out some things and I want to dedicate myself completely to tennis for the next few years and that's what I'm going to do. Definitely, I'm more free and I have a free choice of anything I am doing.



サフィン: プレッシャーは全然ない。テニスで成し遂げたいと思っていることをするために必要なことをしようとしているだけだ。今は何もかもパーフェクトだ。リラックスしてるし、旅するのもいいもんだと思ってる。
"I don't have any pressure on me, just trying to give myself (what I need) to be what I want to be in tennis. Right now, everything is perfect. I am relaxed, I am travelling, and I like it."



(有名なブロンド軍団@2003全豪について)
サフィン: あぁ、前にも言ったけど、僕の好みは・・・ いや、もう二度とああいうことはないよ。それにあれは誤解だってば。ま、僕のいい宣伝?にはなったけど、でも、あれは友達の友達だったんだ。」
"Aah, like I said, I like …," "No! It will never happen again and it was just a misunderstanding between all of us. It gave me a lot of, ah, promotion, but they're just friends of my friends, so it was a pretty good set-up for me."






シニアツアーに出る気になったら、ぜひぜひぜひガトを誘ってね。オ・ネ・ガ・イ!
[ 2007/01/13 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(7)

ツルスノフのデ杯内幕話

「うん、そうなったらいいね。デ杯には女の子はいないけど。でも、女役みたいな奴はいるな。
ツルスノフ、デ杯につづいてホップマンカップにも優勝する見込みについて
"Yes it would be nice, although we don't have any girls in the Davis Cup, but some act like girls," Dmitry Tursunov said on the prospect of adding a Hopman Cup to his country's recent Davis Cup history.


それって・・・・・それってア○ド○○フのこと? それともユースニー? ま、まさか・・・・・サフィンとか?





<ソース>
'They Said It' at Hopman
[ 2007/01/11 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(2)

フェデラー、サフィン、ケンドリック

名言集に取りくみたいんだけど、ついつい次々出てくるニュースに目がいってしまいます。
ヒンギスが(公式発言はしてないみたいだけど)ステパネクと婚約したことを同僚WTA選手にうれしそうに語ってたとか。この2人はヒンギスが世に出る以前の淡い?初恋?だったの? だとしたら、よけいにいい話だわあ。





フェデラーが今年もイロイロな賞を総なめにしてますが、ゴールデン・ベーグル賞なんてのも受賞:
(ソース:Roger Federer 2006 Bagelmeister
11/13/04 • Federer wins first ever 'Golden Bagel Award™'(受賞写真あり)

今年は18個ものベーグルを大判振る舞いしたそうです。(最初にこの賞をもらった2004年には11個だった) そのうち4つはトップ10選手相手。
去年の受賞者はナダル(12個)。今年のナダルは2個しかベーグルを喰らわせてないそうです。

トップ8選手の今年のベーグル数:
Roger Federer 18
Nikolay Davydenko 12
David Nalbandian 6
James Blake 5
Andy Roddick 4
Rafael Nadal 2
Tommy Robredo 1
Ivan Ljubicic 1

ベーグルを喰らっちゃったで賞は・・・誰かさんでしょうかねえ。 いや、ロクス兄かな。(あまりロクス兄にベーグル喰らわせると・・・本当に引退しちゃうぞ)





 

Sharing a Laugh with Marat Safin”(サンプル動画)
11/01/06 • Safin interview nears release
サフィンと大いに語り大いに笑う」という趣旨のDVDが2007年春に出るらしい。これは買いだね。







Kendrick has reason to feel good
ウィンブルドンでナダルを追い詰めたロバート・ケンドリック。2003年以来故障続きで100%のシーズンを送ることができなかったけど、2006年は体調バッチリで臨めそうな模様。
2007年の目標は、最初の3、4ヶ月でトップ50に入ること。







Charles Bricker、フェデラーについて語る
Federer's dominance drains all drama from men's tennis
....Yet he is a public relations dud in the United States and he doesn't boost TV ratings here.
(中略)
But he doesn't sustain your interest in the way Andre Agassi did or even Roddick, who gives you real personality on court along with his game.

圧倒的な強さでテニス史上に偉大な選手として名を残すこと確実なフェデラーなのに、米国で視聴率を稼げない・・・ことについてあれこれ書かれています。

他に目を惹いたのはこの一節:
He hired a U.S.-based IMG agent, who has him going off to visit with tsunami victims to boost his image as a caring person.
(フェデラーがtsunami被災地を訪れたのは、IMGによるイメージ戦略の一環)

フェデラーに限らず、トップ選手の多くはイメージ戦略にのっとってPR活動をしているんでしょうね。ナダルは「自然体」がキーワードでしたっけ。
そういえば、数年前にフィッシュ(のエージェント)もやってました。フィッシュの全米での活躍にあわせてファンが自発的に応援を組織して・・・ということだったけど、実はやらせだったいう顛末。
[ 2006/12/29 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(11)

一番かっこいいのは・・・

リンク先の写真は、ナダル・サフィン・ロディック・ブレイク(順不同)。

スポーツイラストレイテッドのルックスのいいスポーツ選手堂々の10位!13位17位18位。以上すべてテニス選手。

テニス選手だけじゃなくて、スポーツ選手の中で、です。そうでなくてもスポーツに疎い私にはぜんぜんなじみのない顔ばかりですが、テニス選手がこれだけランクインしているのはメデタイ♪ 





<ソース>
Best-Looking Athletes
[ 2006/12/22 ] 選手 その他 | TB(0) | CM(9)

...he looks back and decides that all those years he suffered, those are the best years of his life, cause they made him who he was. 
(From a film Little Miss Sunshine)
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